2020年の新型コロナ感染症に加え本年正月の能登半島地震やそれに追い打ちをかける大規模水害をはじめとして、我が国において自然災害の被害が拡大しています。このような状況は当然ながら企業の営みにも様々な影響が出てくることが想定されます。ただ、多くの企業の災害への取組としては、防災、減災に関する被害軽減策がメインであり、その業務を担当する部署もかなり限定的なものと思います。しかし、それでよいでしょうか。企業の営みが多様化することに伴い、災害への対応、取組も多様化するべきであり、事業継続には様々な部署の取組が必要になります。その取組としてぜひ検討していただきたい部署が法務部です。「法務部が何故災害対策に役立つか?」と思いわれる方もいらっしゃるかと思いますが、法務部は企業と法律の架け橋であり、災害時の法律問題と企業活動の架け橋であると思います。すなわち、災害時にも法的な思考は重要であり、かつ、法務部こそが、災害時の法務をしっかりと運用できるものと思っています。ここでは、少しですが、BCP策定における法務部の役割について考えてみたいと思います。
法務部の主な役割とは以下のように言われることがあります。
✓ 予防法務(法令調査、社内規程の整備)
✓ コンプライアンス業務
✓ 機関法務
✓ 法律相談対応
これらは、実は、災害時に非常に重要な意味を持つことになります。すなわち、災害時には平常時よりも業務上の困難がつきまといます。明日までに仕上げようとしていた作業が停電により作業できなくなった場合、債務不履行になるのか、親しい業者に代わって作業をやってもらうことができそうだが、下請け禁止特約があるので、代わって作業をお願いすることはできないかなど、また、カップ麺などの容器に食品表示の記載が必要だがそこで用いられる特殊インクが入手困難な状況になっても、食品表示を記載しないとカップ麺などの販売はできないのか、など悩みはつきません。その際の調査は法務部が会社内で唯一率先して確認することができる部門ですし、その役割を担うことが期待されます。また、それは災害時になる前から確認をしておくこともできる内容です。
また、企業の建物内の扉つきキャビネットは転倒防止措置をすることは極めて重要です。扉つきキャビネットは情報管理に有効な什器備品ですが、ひとたび地震で転倒し、書類がぎっしり入った非常に重い扉つきキャビネットが従業員のところに倒れかかれば、「危険な凶器」になります。企業はそのような従業員の危機を回避するべきであり、それは「安全配慮義務」として不可欠な法的義務です。ただ、災害対策を「安全配慮義務」と関連させている企業は多くありません。そこで法務部こそがそのような防災と法律の接点となることができる貴重な立場になれるのです。災害時にも安全配慮義務が適用される。災害時にも治外法権となるわけではない。混乱時にも良識を持って対応する必要がある。コンプライアンスの考え方は災害時にこそ、重要な取組であることも忘れてはならないのであり、これも法務部が事前に取り組んで、啓発しておくべきことかと思います。
また、法令調査も法務部の得意なところです。災害時にどのような法令が適用されるか、これまで、どのような特例法が制定されたり、規制が緩和されることがあったかなども調査の対象にして、業務上の困難を少しでも和らげる力になることができるでしょう。そんな法務部の役割は、本当に心強いと思います。
そして、災害時には、業務上の困難につきあたり、「これは法的にはどう考えればよいのか。」という業務上の悩みは絶えません。このような業務の担当者に少しでも力になるのが、「相談」対応です。もちろん、その他の部門の方々もその部門特有の得意な相談に応じてあげましょう。そして、法務部こそ、当該業務部門の法的な相談に応じてあげられるし、業法上の考え方などもわかって相談にのってあげられるのです。って言うのですが、これらは法務部もみなさんが災害時にも業務ができる状況にあることが必要なのです。そのためのBCPなので、法務部がBCPを考えることは非常に有意義です。もともと法務部は「文書課」であったし、BCPが「事業継続計画」という文書作成であることからも親和性があると考えています。
なお、蛇足ですが、弁護士もかつて「災害が発生したら、開店休業」とか言って災害対策には無頓着でいました。しかし、最近では、災害が発生すれば法的な問題やトラブルが発生するので、弁護士も災害時にしっかり対応できるようにしておかなければならないと考えられてきています(私見)。しかししかし、東京弁護士会の2024年5~6月に実施されたアンケートで、「法律事務所のBCP(事業継続計画)の策定率」を調査したところ、なんとなんと事務所規模が10人未満の法律事務所ではBCP策定率4%、10人以上の法律事務所でも6.7%という惨憺たる状況です。行動が伴っていません。
ちなみに丸の内総合法律事務所ではBCPを策定しています(エッヘン)。
企業の法務部のみなさん、弁護士(法律事務所)のBCP策定率にとらわれることなく、企業の法務部のBCPにしっかり取り組んでください。どうぞお願いします。
主な研究分野
- 弁護士:
- 中野 明安