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労働法判例ヘッドライン

2023/07/31

労働法判例ヘッドライン

 今回、労働法チームからは、在宅勤務者に対する懲戒処分・出社命令等の有効性が問題となった「アイ・ディ・エイチ事件」(東京地裁令和4年11月16日判決)をご紹介させて頂きたいと思います。

1 事案の概要

Xは、自宅でデザイナー業務を行うこと(リモートワーク)を前提に転職サイトで求職活動を行っていたところ、Y社からオファーを受けたことを契機としてY社の代表者Zと面談をし、令和2年5月8日、採用されました。XとY社間の労働契約書には、賃金月額を40万円とし、当該月額には「毎月45時間分のみなし残業」が含まれる旨が記載されていたほか、就業場所について「本社事務所」(東京都台東区所在)とする旨等の記載があった一方、Zからは、リモートワークが基本であるが何かあれば出社できる必要があるという旨の説明がありました。

 その後、Xは自宅(埼玉県××町)で勤務をしており、本社事務所に出社したのは、問題となる令和3年3月3日までの間で2日間のみでした。Y社は、業務で使用するパソコンに操作状況等を取得するツールをインストールして各従業員の稼働状況を把握していたほか、各従業員間ではSlackのダイレクトメッセージでやりとりを行いながら業務を行っておりました。Zは、Xと他の従業員とのダイレクトメッセージにおいて、XがZを批判する内容の複数のメッセージ(「育て方、下手ですよね 自分の物差しで測ってる分、どこまでやったら壊れるのか全然把握してない感があります。」等。以下「本件やり取り」といいます。)を送ったことを把握したことから、この点についてXとメールで議論をした後、令和3年3月2日、Xを出勤停止1ヶ月とする旨のメールを送りました(以下「本件懲戒処分」といいます)。これに対し、当該処分が不当に重すぎるという旨のメールをXがZに送ったところ、ZはXに対し、最終的な決定までリモートワーク禁止とし、通常出勤するよう返信するとともに、翌日(令和3年3月3日)、処分は保留とするので通常出勤するよう求めるメールを送りました(以下「本件出社命令」といいます。なお当該メールには、「・・・処分に異議があるとのことなので、今回の処分は保留といたしました。そのため明日からの通常出勤をお願いいたしました。・・・出勤が無い場合は欠勤扱いさせて頂きます。また異論がないのであれば、無視していただいて構いませんし、そのまま出勤停止ということで明日から自宅待機で問題ありません。今回は異論があるということなので、処分は保留となっております。」と記載されておりました)。

 本件出社命令に対し、Xは、当時妊娠中であったほか保育園の送迎があり往復3時間かけて本社事務所に出勤することは困難であったためY社に出社しなかったところ、令和3年3月6日、Zは、業務中に業務とは関係ないことをチャットでやり取りするなどXの業務態度に問題があったなどとして降給を通知しました(以下「本件降給」といいます)。さらに令和3年3月18日、就業規則の定め(会社に届出のない欠勤があり、欠勤開始日から14日間経過した場合には、当該経過した日をもって退職とする旨の定め)に基づき、ZはXに対し退職となった旨を通知しました(一方でXも令和3年3月22日に退職を申し入れました)。

 そこで、Xは、Y社に対し、令和3年3月4日以降の不就労はY社の責めに帰すべき事由によるものであるとして、民法536条2項に基づき、令和3年3月分及び同年4月分の未払賃金(注:上記のとおりXも令和3年3月22日に退職の申し入れを行っており、Xの主張によっても、当該日から2週間を経過した令和3年4月4日に退職となることから、同日までの賃金)等の支払いを求めたほか、退職までの間に未払いの時間外労働があったとして割増賃金の支払い、違法な本件懲戒処分に対する慰謝料等の支払いを求めた事案であります。

2 本件の争点は?

 本件については、Y社からも反訴(令和3年3月3日までの間において、Xには不就労時間があったとして、Xに対し過払賃金の返還を求めるもの)がなされたため争点は複数ありますが、注目すべきは、Xの不就労が民法536条2項の「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったとき」に該当するかという点であり、具体的には、同条項への該当性を判断するに際してその前提として問題となる、本件出社命令の有効性(リモートワークを行っていた状況下においてなされた本件出社命令が果たして有効なものといえるのかという点)となります。

3 XとY社間の労働契約における就業場所はどこなのか?

 上記のとおり、両者間の労働契約書には、その就業場所は「本社事務所」とされているものの、裁判所は、「Zが、①デザイナーは自宅で勤務をしても問題ない、②リモートワークが基本であるが、何かあったときには出社できることが条件である旨供述していること、③現に、Xは、令和3年3月3日まで自宅で業務を行い、初日のほかに、Y社の事務所に出社したのは一度だけであり、Y社もそれに異論を述べてこなかったことからすると、本件労働契約においては、本件契約書の記載にかかわらず、就業場所は原則としてXの自宅とし、Y社は、業務上の必要がある場合に限って、本社事務所への出勤を求めることができると解するのが相当である。」と判示いたしました。

4 本件出社命令は有効なのか?

 そして、本件出社命令が有効である旨のY社の主張(長時間にわたって業務に関係ないやり取りをしていたこと(本件やり取りも含む)ふまえて、管理監督上の観点から、出社を求めたものであって、業務上の必要があった旨の主張)に対し、「たしかに、Xは他の従業員との間で、・・・必ずしも業務に必要不可欠な会話をしていたわけではないことは認められるものの・・・その時間が、Zが主張するような長時間であるとは認められず、これにより業務に支障が生じたとも認められない。また、一般にオンライン上に限らず、従業員同士の私的な会話が行われることもあり、本件やり取りの内容は、Zを揶揄する内容が含まれる点でZが不快に感じた点は理解できるものの、そのことを理由に、事務所への出社を命じる業務上の必要性が生じたともいえない。」「Zは、令和3年3月2日午後3時24分にXに対し、メールを送った後、Xとの間で、メール上で、本件やり取りの当否をめぐってお互いを非難しあう中で、Xの反省がないことを理由にその5時間後に本件懲戒処分とともに、本件出社命令を発したものであり・・・、そのような経緯も踏まえると、本件の事情の下においては、本社事務所への出勤を求める業務上の必要があったとは認められない。」と判示し、本件出社命令は無効であると認定いたしました。

 その上で「Xが令和3年3月4日以降、労務の提供をしていないことは、Y社が事務所に出社を命じることができないにもかかわらず、これを命じたためであり、Y社の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によるものというべきである。さらに、同月19日以降については、XがY社の責めに帰すべき事由による労務を提供していないにもかかわらず、Y社はこれを欠勤と扱って本件退職扱いをしたことも原因といえるから、いずれにせよY社の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によるものというべきである。」と判示し、Xによる令和3年3月分及び同年4月分の未払賃金等の請求を認めました(他方、時間外労働に関する割増賃金の請求や、本件懲戒処分に関する慰謝料の請求等は認められませんでした)。

5 留意事項

 本件は、労働契約書には「本社事務所」を就業場所とする旨が記載されているにもかかわらず、当事者の言動や実態から就業場所を原則として労働者の自宅と認定し、かつ「業務上の必要がある場合に限って」出社を求めることができるものであると判示している点(業務命令範囲を限定している点)と、リモートワークがなされている状況下にて発生した本件の事象に関し、業務命令の必要性(出社の必要性)を否定した点にポイントがあるといえます。コロナ禍にて、働き方が多様化したことから、現在もなお多くの会社でリモートワークが取り入れられているものと存じますが、リモートワークと出社命令との関係について論じた裁判例はかなり少ないものと解されることから、皆様が労務管理をされる上でも本件事案は参考になろうかと存じます。

 なお、リモートワークに関しては、就業規則や労働契約書等の手当が十分なされないまま、事実上、長期間にわたり認めているケースもあろうかと思われますので、皆様におかれましても、業務実態と就業規則等が乖離していないか、適宜、ご確認されてはいかがでしょうか。

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