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中野 明安

危険業務・安全配慮義務と事業継続について

2022/04/28

危険業務・安全配慮義務と事業継続について

 ゼロコロナを目指す中国の上海でロックダウンされた状況をマンションベランダから報道する報道機関の関係者や、一般市民をも銃撃戦、兵糧攻めの対象となっている状況を伝えるウクライナに赴いた日本人ジャーナリストが、毎日のニュースに登場しています。かつて、シリア国内で確認された過激派組織「イスラム国」による人質事件では、テロ・紛争等に関して報道機関の労働者が巻き込まれることも労務リスク管理(企業の安全配慮義務)として考える必要があることを感じましたが、今回も同様の思いを抱きます。

 そこで、もう一度、労働者が業務上、身体の危険に曝されることと事業継続との関係を考えるため、危険業務に関する企業の安全配慮義務と事業継続について考えてみたいと思います。

1 千代田丸事件のあらまし

 まず、千代田丸事件(最高裁昭和43年12月4日判決)が頭をよぎります。
 釜山-対馬間海底ケーブルの故障を修理するために電電公社は海底線敷設船千代田丸の出航を命じましたが、労働者(組合)側は出航を拒否しました。当該修理海域はいわゆる李承晩ラインとの関連で韓国側のだ捕や砲撃の危険がある地域(海域)でした。組合は「このような危険な職場で働く義務はないはずだ」としました。

2 判決の内容

 控訴審は「乗組員には船長の出航命令に従う労働契約上の義務がある。」と判断しましたが、最高裁は控訴審の判決を破棄しました。

「本件における危険は、具体的なものとして当事者間に意識されており、米海軍艦艇の護衛が付されることによる安全措置が講ぜられたにせよ、必ずしも十全と言い得ないことは、実弾射撃演習との遭遇の例によっても知られうるところである。このような危険は、労使の双方がいかに万全の配慮をしたとしても、なお避け難い軍事上のものであって、海底線敷設船である千代田丸乗組員の本来予想すべき海上作業に伴う危険の類いではない。また、その危険の度合いが大きなものでないとしても、千代田丸乗組員が、その意に反して義務の強制を余議なくされるものとはいい難い。・・・」

3 業務命令の範囲

 最高裁は、労使双方の万全の配慮によっても避けがたい事実上の危険であり、本来予想すべき海上作業に伴う危険の類いではない、特別な危険が現実に存在することを前提とする以上、修理作業は乗組員本来の労働義務の内容をなすものではなかったのであり、したがって、乗組員がその意に反して義務の強制を余儀なくされるものではないと判示しました。すなわち、労働者の業務遂行において、本来の予想を超えた生命の危険が起こりうる業務命令は、労働義務の内容をなすものではないのであって、その危険が現実化する可能性が必ずしも大きいものでないとしても、労働者は、その意に反して義務の履行を強制されることはない、としました。

4 本来危険を伴う業務と安全配慮義務

 それでは、危険が通常の労務提供において予想されている場合はどうでしょうか。

 たとえば、消防士・警察官・警備員あるいは高所作業といった職務は、相当程度の危険が業務に当然伴うものとして、職務の内容となっていると考えられます。では、それら職種は業務の内容になっているとして、その際の安全配慮義務はどのようなものでしょうか。その参考となる裁判例があります(宮崎地裁昭和57年3月30日判決)。消防署員への安全配慮義務に関するものですが、この判決はそもそも「労働者は使用者側に対して安全配慮義務を強く求めることはできない」としました。

「安全配慮義務の具体的内容は、公務員の職種、地位及び安全配慮義務が問題となる具体的状況によって異なるべきものである。とくに消防職員などのように業務の性質上危難に立ち向いこれに身を曝さなければならない義務のある職員は、業務上右義務の現実の履行が求められる火災現場の消火活動、人命救助など現在の危難に直面した場合において使用者である地方公共団体に自己の身を守るべき安全配慮義務を強く求めることはできない。」

そのうえで、訓練等を実施するように使用者側に求めました。

「危難に立ち向う職員が危難現場において臨機の行動をとりその職務を全うできるようその使用者は、十分な安全配慮をなした訓練を常日頃実施すべき義務がある。」

5 本来危険を伴う業務と事業継続

 ロックダウンされた上海の市民の生活がどのような状況にあるのか、また、一般市民も生命の危機にさらされているウクライナの状況がどのようなものであるかについても、社会に広く報道をすることは、たとえその役割を担う方の生命身体に重大なリスクを伴うものであったとしても、それは報道機関の使命として報道を継続することは必要なのだろうとは思います。問題は、宮崎の判決でいうような「危難に立ち向う職員が危難現場において臨機の行動をとりその職務を全うできるよう」に、どのような安全対策を講じておくべきか、かと思います。なお、ウクライナ報道では、自社の労働者の安全を考慮してジャーナリストに委託などをしてリスク回避をしていますが、それでも、特ダネを狙って当該外部委託先の事業者が紛争に巻き込まれたなどということになりますと、やはり当該報道事業者の報道姿勢(事業に対する考え方)、安全管理に対する信頼は大きく失墜し、事業上の多大な損失を被ることとなるでしょう。単に外部委託をすれば事業上のリスクが回避できるというものではないということは十分に認識されるべきです。

6 事業継続の観点からの提言

 上記のような裁判例を十分に考慮し、やむを得ずに危険を伴う業務を行わせるにあたっては、

①「危険への接近は労働者の身体上の危険だけでなく会社の事業継続をも困難にさせる」ということを会社、労働者(外部委託事業者を含む。)の共通認識にすること

②感染症蔓延地域、紛争地域など危険な状況下で事業活動をする場合には労働者に情報提供、危険回避教育、危険回避の十分な訓練を実施させること

を徹底すべきです。それらは労働者の安全を確保するために必要であると同時に、事業者の事業継続においても必要不可欠なものであることを強く認識していただきたいと思います。

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