今回、労働法研究チームからは、不整脈により死亡した労働者について、死亡前6か月間の各月の時間外労働時間数が平均して1か月当たり128時間超えであり、一般に長時間労働の目安とされる時間外労働時間数月80時間を大きく超えていることから、当該労働者の死亡は長時間労働により生じたとし、使用者(会社)は安全配慮義務に違反したと判断した上で、何ら会社の業務を行わず、一切報酬を得ていなかった名目的な代表取締役も会社法429条1項に基づき、損害賠償責任を負うと判断された「株式会社まつりほか事件」(東京地裁令和3年4月28日判決)をご紹介させて頂きたいと思います。
1 事案の概要
本件は、Y1社が経営するレストランで板前として勤務していたXが、Y1社における長期間の過重労働により、不整脈による心停止を発症して死亡したため、損害を被ったとして、Xの妻子が、Y1社に対しては債務不履行に基づく損害賠償請求権に基づき、Y1社の代表取締役であったY2に対しては債務不履行に基づく損害賠償請求権又は会社法429条1項に基づく役員等の損害賠償請求権に基づき、損害賠償の支払いを求めた事案です。
2 本件の争点
本件の争点のうち、今回は下記の3点に着目してご紹介したいと思います。
①Xの死亡の業務起因性
②Xの死亡に対するY2の責任の有無
③過失相殺
3 本判決の判断―争点①
裁判所は、死亡前6か月間の各月の時間外労働時間数が平均して1か月当たり128時間超えであり、一般に長時間労働の目安とされる時間外労働時間数月80時間を大きく超えているということをもって、Xの死亡はY1における長時間労働により生じたものと推認するのが相当と認定しました。
労働時間について、Y1らは、Xが営業時間中において、手持ち時間を利用してたばこを吸ったりゲームをしたりしていた時間については休憩時間に含まれるべきであるとの主張をしましたが、裁判所は、Y1らの主張する手持ち時間について、具体的な時間を認定するだけの客観的な証拠は見当たらない上、Xが指揮命令下から外れて自由に行動することができるものではない以上、労働時間に当たることは明らかであるとして、Y1らの主張を退け、上記の時間外労働時間を認定しています。
また、Y1らは、Xの業務内容が、一般的な飲食店の板前が行うべき業務内容と比べても著しく軽減されており、過重労働には当たらない旨主張していました。しかし、裁判所はこれに対し、Xの労働時間は、一般に長時間労働の目安とされている時間外労働時間数月80時間を大きく超えているのであり、そのこと自体からもXの業務内容の過重性は十分に基礎付けられるとし、業務内容が厨房における調理業務であり、時間帯により繁忙となる時間もあるほか、空き時間にも仕込み業務があることや、基本的に立ちながら仕事をすることなどから、業務内容それ自体の負担が軽いとも認め難いとして上記主張を退けています。
4 本判決の判断―争点②
本判決は、Y2は、Y1の代表取締役として、Y1の業務全般を執行するに当たり、Y1において労働者の労働時間が過度に長時間化するなどして労働者が業務過多の状況に陥らないようにするため、従業員の労働時間や労働内容を適切に把握し、必要に応じてこれを是正すべき善管注意義務を負っていたと示したうえで、Y1の業務執行を一切行わず、Xの労働時間管理や労働内容の把握や是正について何も行っていなかったのであるから、その職務を行うについて重大な過失があり、これによりXの損害を生じさせたというべきとしています。
Y2は、名義貸しをしたにすぎず、取締役としての職務を行うことが予定されておらず、実際にも職務を行っていなかったから、Xに対する重大な過失はないと主張したものの、裁判所は、代表取締役への就任が有効に行われた以上、代表取締役として第三者に負うべき一般的な善管注意義務を免れるものではないとして、上記主張を退けています。
そして、Y2は、会社法429条1項に基づき、Y1と連帯して、Xの死亡により生じた損害の賠償責任を負うと判示しました。
5 本判決の判断―争点③
Y1らは、Xが死亡する3日前に体調不良を訴え、2日前から欠勤していたところ、2日前に病院を受診していれば死亡は防げた可能性がある旨の医師の意見に基づき、Xは体調不良を自覚しており、病院を受診すべき義務(自己健康管理義務)があったにもかかわらずこれを怠ったとして、過失相殺を主張しました。
これに対し本判決は、意見を述べた医師はXの主治医でなく、生前の健康状態について把握していた立場にあったものでもない以上、死亡前の病院の受診により死亡が防げた可能性をいうものにすぎず、Xが病院を受診すべきであったとまで認めることはできない、としてY1らの主張を退けています。
6 本判決の意義
本判決は、主に下記の2点
①いわゆる過労死認定基準(脳血管疾患および虚血性心疾患等の認定基準。平13.12.12基発1063号)の定める長時間労働(発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合)を上回る労働時間である場合、それだけで安全配慮義務違反が認められる傾向が強い中、一般に長時間労働の目安とされる時間外労働時間数月80時間を大きく超えているとだけ言及して、死亡が長時間労働により生じたものと推認するのが相当と示した点
②名目的な代表取締役であったY2についても、善管注意義務を負うとして、会社法429条1項に基づく損害賠償責任が肯定された点
に意義があるといえますが、特に②に大きな意義があるといえます。
Y2は、Y1の設立に当たり名前を貸すように依頼を受け、Y1の役員になるかもしれないとの認識を持って印鑑登録証を貸し、Y1の代表取締役としての登記手続をされたものの、Y1の実質的な代表者から業務執行に関わる必要がないとの説明を受け、Y1の経営に関与したり、役員報酬を得たりしたこともありませんでした。本判決においても、Y2がY1の業務執行に関わることが一切予定されていない、いわゆる名目的な代表取締役であることは認定されています。しかし、本判決は、代表取締役への就任が有効に行われている以上、代表取締役として第三者に負うべき善管注意義務を免れるものではないとし、業務執行に関わる必要がないと説明を受けたことや、役員報酬を得ていないことは、Y1の内部的な取り決めにすぎず、代表取締役として負うべき第三者に対する対外的な責任の内容を左右するものではない旨判示しています。
会社の安全配慮義務違反を理由として、取締役の会社法上の第三者責任が肯定されるケースは少なくありませんでしたが、Y2のような名目的な代表取締役についても、労働時間や労働内容の適切な把握、あるいは必要に応じての是正措置に関する善管注意義務違反が認められた点は、大きな意義があるといえます。