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労働法判例ヘッドライン

2025/06/30

労働法判例ヘッドライン

 今回、労働法チームからは、京都市が経営する自動車運送事業のバス運転手について、運賃の着服等を理由とする懲戒免職処分がなされ、当該懲戒免職処分に伴い退職手当等の全部不支給処分がなされたことについて、裁量権の逸脱の有無(違法か否か)が問題となった事件(懲戒免職処分取消等請求事件。最高裁令和7年4月17日判決)をご紹介させて頂きたいと思います。

1 事案の概要

 被上告人は、平成5年3月頃、京都市交通局の職員として採用され、同年4月から京都市(上告人)が経営する自動車運送事業のバスの運転手として勤務しておりました。被上告人は、各種表彰歴を有する一方で、乗務中の事故を理由として4件の戒告の処分と2件の注意を受けたことがありましたが、本件に関する処分がなされるまでの間、一般服務や公金等の取扱いを理由とする懲戒処分を受けたことはありませんでした。
 本件で問題とされたのは、以下の各行為です。

① 運賃の着服(本件着服行為)
被上告人は、令和4年2月11日の勤務中、乗客から5人分の運賃(合計1150円)の支払を受けた際、硬貨を運賃箱に入れさせた上で、千円札1枚を手で受け取り、その後、これを売上金として処理することなく着服した。

② 電子たばこの使用(本件喫煙類似行為)
京都市交通局は、バスの車内における電子たばこの使用を禁止していたところ、被上告人は、令和4年2月11日を含む4日間の乗務に際して、乗客のいない停車中のバスの運転席において、合計5回、電子たばこを使用した(本件着服行為と本件喫煙類似行為を併せて、以下「本件非違行為」といいます。)。

 本件非違行為に対しては、上告人より懲戒免職処分がなされ、これに伴い、京都市交通局職員退職手当支給規程8条1項1号(以下「本件規定」といいます。)により退職手当等の全部を支給しないこととする処分(以下「本件全部支給制限処分」といいます。)がなされたため、被上告人は、上記各処分の取消しを求めました。

2 原審の経過

 京都地裁の第1審(令和5年7月)では、本件全部支給制限処分について、京都市の判断は不合理とはいえない旨が判示され、当該処分の取消しは認められませんでしたが、大阪高裁の第2審(令和6年2月)では、「被上告人の職務内容は民間の同種の事業におけるものと異ならないこと、本件非違行為によって、実際にバスの運行等に支障が生じ、又は公務に対する信頼が害されたとは認められないこと、本件着服行為による被害金額は1000円にとどまり、被害弁償もされていること、被上告人の在職期間は29年に及び、一般の退職手当等の額は1211万円余りであったこと、被上告人には、本件非違行為以外に一般服務や公金等の取扱いに関する非違行為はみられないこと等をしんしゃくすると、本件全部支給制限処分は、非違行為の程度及び内容に比して酷に過ぎるものといわざるを得ず、社会観念上著しく妥当性を欠いて裁量権の範囲を逸脱したものとして違法である。」として、当該処分の取消しが認められました。

3 最高裁の判断

 これに対し、最高裁は、「本件規定は、懲戒免職処分を受けた退職者の一般の退職手当等について、退職手当支給制限処分をするか否か、これをするとした場合にどの程度支給しないこととするかの判断を管理者の裁量に委ねているものと解され、その判断は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に、違法となるものというべきである。」として、従来からの判断基準を示した上で、「本件着服行為は、公務の遂行中に職務上取り扱う公金を着服したというものであって、それ自体、重大な非違行為である。そして、バスの運転手は、乗客から直接運賃を受領し得る立場にある上、通常1人で乗務することから、その職務の性質上運賃の適正な取扱いが強く要請され、その観点から、京都市交通局職員服務規程において、勤務中の私金の所持が禁止されている(20条)。そうすると、本件着服行為は、上告人が経営する自動車運送事業の運営の適正を害するのみならず、同事業に対する信頼を大きく損なうものということができる。また、本件喫煙類似行為についてみると、被上告人は、バスの運転手として乗務の際に、1週間に5回も電子たばこを使用したというのであるから、勤務の状況が良好でないことを示す事情として評価されてもやむを得ないものである。そして、本件非違行為に至った経緯に特段酌むべき事情はなく、被上告人は、それらが発覚した後の上司との面談の際にも、当初は本件着服行為を否認しようとするなど、その態度が誠実なものであったということはできない。これらの事情に照らせば、本件着服行為の被害金額が1000円でありその被害弁償が行われていることや、被上告人が約29年にわたり勤続し、その間、一般服務や公金等の取扱いを理由とする懲戒処分を受けたことがないこと等をしんしゃくしても、本件全部支給制限処分に係る本件管理者の判断が、社会観念上著しく妥当 を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものということはできない。」として、本件全部支給制限処分が裁量権の範囲を逸脱した違法なものであるとした原審の判断には、退職手当支給制限処分に係る管理者の裁量権に関する法令の解釈適用を誤った違法があると判示しました。

4 留意事項

 退職金の全部不支給が争われた事案はこれまでにも多数あり、労働者における退職までの勤続の功を抹消又は減殺するほどの著しい背信行為があったような場合には、当該全部不支給が認められる傾向にあるといえます。この観点からすれば、本件における全部不支給処分はかなり厳しいようにも思われますが、本件は、民間企業ではなく、地方公共団体(京都市)が経営する自動車運送事業にて生じた事案であることから、金額の多寡にかかわらず「公金を着服した」という点が非常に重視されたものと解されます。

 地方公共団体における事案だったとはいえ、今後、当該判決がどのような影響を与えるのか(民間企業の場合でも、退職金の全部不支給が認められやすくなるのか等)については注視が必要と考えられます。

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