ニュースレター登録

Legal Contents 法務コンテンツ

中野 明安大庭 浩一郎川俣 尚高縫部 崇平岩 彩夏佐々木 賢治高橋 香菜

労働法判例ヘッドライン

2024/09/30

労働法判例ヘッドライン

 今回、労働法研究チームからは、最近、報道で頻繁に取り上げられている某県知事のパワハラと内部通報者への処分と同様の案件の裁判例「水産業協同組合事件」(水戸地裁令和6年4月26日判決)をご紹介致します。

1 事案の概要

 原告Aは、平成11年5月に被告に雇用され、同24年7月より製氷課課長として勤務をしていました。
被告は、原告Aに対して、令和4年1月23日、

  • (ア) 原告Aが週刊誌記者に、被告が茨城県作成の「しらす試験操業にかかる漁獲物等の放射性物質分析検査結果について」と題する書面の記載を改ざんしたとして、上記書面に書き込みをした書面を提供し、その旨を週刊誌に掲載させたこと、

  • (イ) 原告Aが被告の書庫内の書類を無断撮影のうえ、これを証拠として、かねてから妬みを持っていた上司らに刑事処分を受けさせる目的で、茨城県警察に対し、被告が「頑張る漁業復興支援事業の事務補助金」を不正に受給したとの虚偽の告発をしたこと

を理由に、同年2月22日限りで解雇するとの意思表示をしました。

 この書面は、茨城県が作成し、平成24年8月10日頃、被告に送信した書面であり、生しらすと加工しらす製品の検査結果の一覧表及びそれを説明する本文とで構成されています。そして、本件書面の本文中、①加工したしらす製品である「かちり」の検査結果の最高値である「68Bq/kg」との記載について、数値「68」が丸で囲まれ、「24」と手書きで訂正がされ、しらす干しの検査結果の最高値である「24Bq/kg」との記載について、数値「24」の部分に「8.5」と手書きで訂正がされていました。

2 判決の概要

 原告Aは、令和3年2月26日に、週刊誌記者から取材を受け、同記者に対し、本件書面を提示すると共に本件会議の録音音声を聞かせたことが認められる。しかし、週刊誌に掲載された令和3年3月11日付けの「茨城県加工シラス放射能“基準越え”数値はなぜ消えた」と題する記事については、本件会議において被告の幹部職員が説明した内容等が記載され、茨城県の数値は健康に影響がでるレベルではなかったと締めくくられており、一般読者が、被告が何らの根拠なく隠蔽目的で放射性物質分析結果数値を修正し、改ざんしたとの印象を抱くとまではいえず、被告の信用低下は仮にあるとしても限定的なものにとどまるといえる。
 また、しらす干しに係る書き込みの理由については、本件会議においても具体的な説明はなく、被告は、上記書き込みについて、出荷予定のない業者に係る検査結果は公表しないという茨城県の当時の方針に従った訂正であったというような方針を原告Aが認識し、あるいは認識してしかるべきであったとの事情はうかがえない。そうすると、原告Aが、本件書面の記載内容から、被告あるいは茨城県が、漁獲物の流通を確保するために、実際の放射性物質検査結果の数値よりも低い数値を公表したのではないかとの疑念を抱くことは必ずしも不合理なことではないといえる。
 したがって、原告Aが取材に対して、本件書面及び本件会議の録音音声を提供し、実際の放射性物質分析検査結果とは異なる数値が公表された可能性があるとの認識を回答していたとしても、それが故意に虚偽の情報を提供したとはいえず、合理的な理由無く被告の信用を毀損する行為であったとはいえない。
 これらの点に照らせば、原告Aが取材に応じたことは、不合理に被告の信用を低下させるものであったとは認められず、解雇の有効性を基礎づける客観的合理的な理由たり得ない。(後略)

3 検討

 この事件の主要な争点のひとつは週刊誌記者に対して所属漁協が放射性物質分析結果を改ざんしたと内部告発した労働者に対する普通解雇が有効かどうかという点にあります。本判決はいわゆる内部告発者保護法理を黙示の前提としつつ、結論として本件解雇を無効としたものです。
 
 内部告発した内容が真実であるかどうか、この点は内部告発をされた側にとっても、告発した側にとっても非常に重要なポイントです。また、真実ではなかったとしても真実であると考えてもやむを得ないと判断されるのはどのような状況なのかもポイントです。さらに内部告発の場合、告発先は行政機関や週刊誌記者など多岐に渡りますが、過去の裁判例において、特に告発先が行政機関である場合と週刊誌記者である場合とで、真実相当性要件が同様に解釈されてきていなかった点も実務上の重要な論点とされています。具体的には行政機関が告発先であれば、真実相当性要件はやや緩やかに、一方、週刊誌記者などが告発先であれば比較的厳格に判断されてきたとも思われます。このような多義性のある真実相当性要件を検討する一事例として参考にしていただきたい事案です。

主な研究分野

Legal Conents法務コンテンツ