それでは、今回は、名古屋自動車学校事件差戻後高裁判決(名古屋高裁令和8年2月26日)についてご報告させていただきます。
1 審理の経緯
自動車学校の教習指導員が、定年退職後に、継続雇用制度に基づき嘱託職員(有期契約労働者)として再雇用され、基本給が5割以上引き下げられ、かつそれに応じて賞与等も引き下げられたことから、同じ教習指導員の業務に従事している無期契約労働者との関係で旧労働契約法20条(現・パート有期法8条)に違反するかどうかが問題となった事案です。
ただし、留意すべき点は、基本的に、同じ教習指導員の業務に従事している無期契約労働者と比較して基本的に職務内容及び職務内容の変更の範囲に変更がないとされたために、基本給や賞与の違いについては、職務内容及び職務内容の変更の範囲の違いという観点から説明することができなかった事案ということになります。
裁判の経過は以下のとおりになりました。
①名古屋地裁(令和2年10月28日判決)
基本給については、定年時点の基本給の60%を下回る部分を不合理と判断、賞与については、基本給を定年時点の60%との金額として計算した部分を不合理と判断。
②名古屋高裁(令和4年3月25日判決)
①と概ね同じ。
③最高裁(令和5年7月20日判決)
②判決を破棄し、差戻控訴審である名古屋高裁に差し戻し
2 最高裁の判断
それでは、最高裁はどのような判断をしたのでしょうか。最高裁は、基本給や賞与についても労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たる場合はありうるとしつつも、判断枠組みとして
との判断枠組みを採用しました。
そして、かかる判断枠組みへの具体的な当てはめにあたって、最高裁は、無期契約労働者である正職員の基本給の性質について、いままでの審理経過からではその性質を確定することができないとして、以下のとおり述べています。
他方で、正職員については、長期雇用を前提として、役職に就き、昇進することが想定されていたところ、一部の正職員には役付手当が別途支給されていたものの、その支給額は明らかでないこと、正職員の基本給には功績給も含まれていることなどに照らすと、その基本給は、職務遂行能力に応じて額が定められる職能給としての性質を有するものとみる余地もある。
他方において、有期契約社員である嘱託職員の基本給の性質について、以下のとおり無期契約社労働者の基本給の性質と異なると判断しました。
最高裁は、以上の基本給の性質について詳細に検討をしたうえで、まず、基本給についての高裁の判断に対して、正職員の基本給につき、一部の者の勤続年数に応じた金額の推移から年功的性格を有するものであったとするにとどまり、その点以外の性質の有無及び内容並びに支給の目的を検討しておらず、また、嘱託職員の基本給についても、その性質及び支給の目的を何ら検討していない、と批判し、さらに、労使交渉に関する事情(労働条件に係る合意の有無や内容といった労使交渉の結果のみならず、その具体的な経緯)をも勘案すべきところそれをしていないと批判し、破棄差し戻しを行いました。
さらに、賞与についての高裁の判断に対して、嘱託職員一時金は、正職員の賞与と異なる基準によって支給されていたが、賞与及び嘱託職員一時金の性質やこれらの支給の目的を踏まえることなく、また、上記の労使交渉に関する事情を適切に考慮していないと批判し、破棄差し戻しを行いました。
3 差戻後高裁の判断
そして、裁判所は、まず、労使交渉に関する事情について、嘱託職員として労働契約を締結する際に、会社の不誠実な対応により嘱託職員と正職員との労働条件の相違についての具体的交渉がなされなかった、と判断しました。
<①基本給について>
裁判所は、以下のとおりの基本給の性質を述べています。
として、嘱託職員と正職員双方の基本給とも職務給としての性質が大きいと認定したうえで、基本給の性格についての同質性を認めました。
結論として、職務内容およびその変更の範囲に相違はないという点と上記の双方の基本給の性質の同質性を前提として、「定年退職後であり教習業務についての経験が豊富といえる嘱託職員の基本給が、職能給や年功的性格が占める割合が低いと考えられる若年正職員の基本給や指導員資格を取得した直後の正職員の基本給と大きな差異があること」は不合理といえ、実際に、原告の嘱託職員の基本給が若年正職員の基本給と比べて相当に低額であること、などの事情に基づき、基本給の相違の不合理性を基礎付けると判断しました。
また、労使交渉に関する事情についても、会社の不誠実な対応によって、嘱託職員と正職員との労働条件の相違についての労使間の具体的な交渉がなされなかったということは、両者の基本給の相違について不合意と認められる事情になりうるとも判断しました。
そして、結論として、嘱託職員時の基本給が、原告Aについては10万円、原告Bについては9万5000万円を下回る限度で労働契約法20条にいう不合理と認められると判断しました。
<②賞与について>
裁判所は、以下のとおりの賞与の性質を述べています。
賞与の相違に関しては、職務内容等に相違がないこと、労使交渉で会社の不誠実な対応により嘱託職員と正職員との労働条件の相違についての労使間の具体的な交渉がなされなかったこと、原告の退職前3年間の賞与の平均額と嘱託職員一時金の額の相違の程度及び賞与を含めた原告の退職前の支給額と嘱託職員時の支給総額との相違の程度が大きいこと等を踏まえると、原告Aの基本給を月額10万円、原告Bの基本給を月額9万5000円であるとして、それに各季の正職員の賞与の掛け率を乗じて算定した額を下回る限度で、労働契約法20条にいう不合理に当たる、と判断しました。
4 結論及び所感
本判決において特徴的な点は、退職前の基本給・賞与との比較ではなく、経験の浅い若年正職員との比較を行っている点です。若年正職員も嘱託職員も、いずれも教習指導員という同じ業務に従事しており(職務内容の同一性)、かつ、基本的に職務内容の変更の範囲が同じであることから、職務内容の違いやその変更の範囲の違い(人材活用の仕組みの違い)をもって、基本給ないし賞与の額の違いを合理的に説明することができませんでした。そのため、不合理性が認められやすかったものと思われます。
他方、職務内容が同じでその変更の範囲が同じであったとしても、正職員と嘱託職員との基本給・賞与の性質の違いによって、その不合理性を否定するアプローチもありえます。
そのため、かかる観点から、差戻後高裁は、上記のとおり、基本給ないし賞与の性質を詳細に認定していますが、結論的には同質性があるとして、そのようなアプローチでは不合理性を否定するに至りませんでした。
このように、基本給や賞与の違いの不合理性を認定するためには、
(ア)職務内容の違いやその変更の範囲の違いが存在するのか、
(イ)基本給又は賞与の性質の違いはどうか、
という2段階のハードルがあり、本件のように、職務内容の違いやその変更の範囲の違いによって不合理性を否定することができますから、それらが基本的に同じという特別な事情はないかぎり、基本給や賞与についての不合理性は認められにくいものと思われます。
ただし、職務内容やその変更の範囲が基本的に同じような場合には、基本給や賞与の性質を議論する必要があります(本件では、そのような背景のもと、上記の括弧内で詳しく触れたように、基本給や賞与の法的性質について詳しく検討しています)。
ところが、実際の基本給や賞与は様々な背景・経緯のもとで決まっているため、事後的に、基本給や賞与の性質を認定することが極めて難しいといえ、最高裁や差戻後高裁の判断をみても、その点についての判断が極めて微妙なものになることがわかります。
とすれば、使用者側として、基本給や賞与の性質についてなんらかの客観的資料を残しておくとか、労使間で基本給や賞与を決定する過程のなかで、その性質についての共通認識を形成するなどの対策をとる必要があり、そのような対策を適切にとっていた場合には、裁判所はかかる会社側の判断を尊重してもらえるのではないかと思います。他方、そのような対策・努力を怠った場合には、本件におけるように裁判所によって一方的に認定されるリスクがあるのではないかと思われます。
いずれにせよ、職務内容の違いやその変更の範囲の違いによって不合理性を否定することが難しい有期契約労働者が存在する場合には、基本給・賞与の趣旨・目的(何に対して支払われているのか、職務か、勤続か、能力か、生活保障か)をきちんと整理しておく必要があるものと思われます。
また、この10万円ないし9万5000円は、定年時基本給の55%・57%に該当するため、差戻前の地裁と高裁における60%という基準と概ね近い数字となります。このように、今回の差戻後高裁判決はパーセント基準ではなく具体的数値基準を採用しましたが(おそらく、労働契約法20条にいう不合理か否かの比較対象を退職前の待遇としなかったために退職前の優遇の何パーセントという基準が採用できなかったと思われます。)、本件については上告及び上告受理申立がなされており、最高裁においてかかる基準が維持されるかどうかは不透明といえます。
さらに、最高裁は、労使交渉に関する事情(労働条件に係る合意の有無や内容といった労使交渉の結果のみならず、その具体的な経緯)をも勘案すべきと述べており、この意味は必ずしても分明ではないのですが、上述したように、労使間において基本給や賞与を決定する過程のなかで、それらの性質についての共通認識(及び、有期契約労働者と無期契約労働者の待遇の差異に一定の合理性があることについての労使間の共通認識)が形成されるに至ったような場合には、かかる共通認識について事実上尊重してもらえるのではないかと思います。
以上

