ニュースレター登録

Legal Contents 法務コンテンツ

中野 明安大庭 浩一郎川俣 尚高縫部 崇平岩 彩夏佐々木 賢治高橋 香菜小寺 祐輝

労働法判例ヘッドライン

2024/05/31

労働法判例ヘッドライン

 今回、労働法研究チームからは、海外出張先で交通事故に遭い、後遺障害の残った従業員Xが、出向先Y1及び出向元Y2に対し、雇用契約の債務不履行(安全配慮義務違反)ならびに使用者責任(民法715条1項)及び運行供用者責任(自賠法3条)に基づき損害賠償請求等をし、出向先Y1の使用者責任が認められた「伊藤忠商事・シーアイマテックス事件」(東京高裁令和5年1月25日判決)をご紹介させて頂きます。

1 事案の概要

 Y2(日本法人)の従業員であるXは、Y2の100%親会社であるY1(日本法人)に出向し、同社の東京本社で勤務していたところ、Y1の業務でマレーシアに出張中(「本件視察」)、Y1の孫会社(マレーシア法人)の従業員A(マレーシア国籍、同国在住)が運転するA所有の乗用車(「A車」)に同乗し、交通事故に遭いました(「本件事故」)。本件事故によりAは死亡し、また、Xは傷害を負い、後遺障害等級第1級の後遺障害が残りました。

 本件視察には、当時、Y1から同社の関連会社(マレーシア法人)に出向していたBも参加していました。BとXは、同一勤務先で直属の上司と部下の関係になったことはなかったものの、Y1のアジア圏肥料ビジネスについては同社の東京本社が主たる当事者となって一元管理する方針の下、XのY1への出向前後の時期において、XがBに業務の状況報告をして指示を仰ぎ、BがXに指導等する体制とされていることがありました。

 本件視察のスケジュールの企画立案や視察先の選定・アポイントの取得、移動手段・宿泊先の手配等はBが行っており、Y1にも当該スケジュール等が共有されていました。また、本件事故当日、BやXは、元々、職業運転手付きの乗用車で移動する予定でしたが、乗用車に乗り切れなかった関係で、Bが、自宅から車で向かっていたAを呼び戻し、XがA車に同乗することになったという経緯がありました。

 上記を受け、Xは雇用契約の債務不履行(安全配慮義務違反)ならびに使用者責任及び運行供用者責任に基づく損害賠償等を、Xの妻は、夫が遭った本件事故により甚大な精神的苦痛を被ったとして、使用者責任及び運行供用者責任に基づく損害賠償等を、それぞれYらに請求した事案です。
 なお、上記のとおり、本件では、Xだけでなく、Xの妻も原告となっていますが、今回は、ご説明の便宜上、省略いたします。

2 本件の争点

 本件では以下の5点が争点となっておりますが、本稿では、①③について取り上げたいと思います。
(なお、④については、一審判決、本判決ともに、日本法が準拠法であることを前提に、Yらの債務不履行をいずれも否定しています。)

① 使用者責任及び運行供用者責任の準拠法
② Yらの運行供用者責任の有無
③ Yらの使用者責任の有無等
④ Yらの債務不履行(安全配慮義務違反)の有無
⑤ Xらの損害額


一審判決は、①について、使用者責任及び運行供用者責任を根拠とした本件の請求に関する準拠法は、法の適用に関する通則法(「通則法」)17条に基づきマレーシア法となると判断して、日本法を根拠とする当該請求(③)を退けました。

3 準拠法の考え方について

 異なる国の当事者間の法律関係では、準拠法がどこの国の法律となるかが問題となるところ、日本では、通則法により、準拠法の決定に関する考え方が示されています。
 すなわち、通則法によれば、契約等の法律行為の成立及び効力については、当事者による選択がある場合、それにより準拠法が決まるのが原則です(7条。なお、労働契約については特例が定められています(12条)。)。
 また、不法行為によって生ずる債権の成立及び効力については、加害行為の結果が発生した地の法が準拠法となるのが原則です(17条)。ただし、不法行為の当時において当事者が法を同じくする地に常居所を有していたこと、当事者間の契約に基づく義務に違反して不法行為が行われたことその他の事情に照らして、明らかにより密接な関係がある他の地があるときは、例外的に当該地の法が準拠法となると定められています(20条)。

4 争点①(使用者責任及び運行供用者責任の準拠法)について

 まず、裁判所は、本件の雇用契約に基づく請求については、黙示の選択(通則法7条)があったとして、日本法が準拠法となると判示しています。
 その上で、使用者責任及び運行供用者責任に基づく請求については、これらが不法行為の特別規定であり、通則法17条の「不法行為」に含まれるため、加害行為の結果(本件事故)が発生した地であるマレーシア法が準拠法となるのが原則としつつも、最終的には、以下の理由から、通則法20条の適用を認め、日本法を準拠法と認めました。

<通則法20条の適用について>
 通則法20条の趣旨は、当事者双方が社会的基盤を有する常居所地が同一である場合等、個別・具体的な事案によっては、不法行為が通則法17条等による地以外の地により密接な関係を有し、その地の法を適用することが適切な場合もあると考えられること、不法行為が当事者間の契約に基づく義務に違反して行われるような場合には、契約準拠法と不法行為の準拠法との矛盾抵触を回避するため、不法行為についても契約の準拠法によることが適切な場合が多いと考えられること等から、事案に応じた適切な準拠法を適用することを可能として、不法行為の連結政策の柔軟化を図った点にあると解される。
 本件は、XとYらの社会基盤(常居所地・本店所在地)、Xの通常の労務提供地はともに日本にあり、雇用契約の準拠法も日本法である中、Xがたまたま海外出張先で本件事故に遭ったからといって、当該外国法が準拠法となることは、必ずしも合理的とはいえず、準拠法に関する当事者の予測可能性を害することにもなる。
 以上から、使用者責任及び運行供用者責任が問題となる本件では、加害行為の結果が発生したマレーシアよりも、日本の方が明らかにより密接に関係がある地であると認められるから、通則法20条により日本法が準拠法となる。

5 争点③(Yらの使用者責任の有無等)について

 裁判所は、まず、Aが本件事故を起こしてYに重傷を負わせたことは、Aによる不法行為に当たり、AはXに対して不法行為責任を負うと判示しました。その上、Yらの使用者責任が認められるか、検討しています。

<Y1の使用者責任>
 裁判所は、以下のとおり、本件の事実認定・評価をし、Aの運転行為は、実質的にY1の立場を代表するBの指示に基づき、Y1の事業の執行について行われたと認めるのが相当であるとして、Y1の使用者責任を認めました。

  •  スケジュールの企画立案等、本件視察の手配はBが行ったところ、Bは、本件視察において、所属会社(Y1の関連会社)の立場だけではなく、実質的にY1の立場も兼ねており、Y1としても、Bには実質的にY1を代表させ、その意向を実現すべく、本件視察の対応に当たることを求めていたと評価される。

  •  BとXは、同一の会社の上司と部下の関係にはなかったが、東京一元管理の方針の下、Bが、Xが行う取引を指導し、指示する関係にあったことから、実質的に見て、上司と部下と評価しうる関係にあった。本件事故の前にも、BがXにA車への同乗を打診し、Xがこれを了解したと評価される。

  •  更に、Aは、Bの指示に基づきXをA車に同乗させているが、本件におけるBのAに対する一連の連絡は、Bが本件視察を滞りなく行うために、主としてY1を代表し、本件視察を統括する立場で連絡したものと評価できる。また、AがY1の孫会社の従業員であり、Aが同乗させたのがY1の従業員のXであることに照らせば、Aの運転行為は、Y1を代表するBの指示を受けて、Y1のために行った側面が強いと評価できる。

<Y2の使用者責任>
 裁判所は、Y2が本件視察の企画等に具体的に関与していたとは窺われず、Aの運転行為がY2の事業の執行について行われたとは認められないとして、Y2の使用者責任を否定しました。

6 本判決の意義

<争点①について>
 一審判決も本判決も、本件の使用者責任及び運行供用者責任に基づく請求について、通則法17条による原則論によれば、マレーシア法が準拠法となると判示する点では共通しますが、本判決は、通則法17条の例外的処理を定める通則法20条について、同規定の趣旨を踏まえ、より柔軟な解釈を示した上、適用を認めています。
 実務上、労働契約の準拠法と不法行為の準拠法が同時に争われた例は必ずしも多くなく、これらの関係を示すものとして、本件の先例としての重要性は高いと考えられます。

<争点③について>
 本判決で注目されるのは、直接的には雇用関係にない孫会社の従業員(A)の不法行為について、グループの親会社(Y1)の使用者責任が認められた点です。本件では、上記のとおり、事実認定の積み重ねによって結論が導き出されており、どこまで射程を有する判断かについては慎重に考えるべきではありますが、企業グループ内での責任の所在が問われた一例であり、実務上も念頭に置いておくことは有用と思われます。

主な研究分野

Legal Conents法務コンテンツ