今回、労働法研究チームからは、業務委託先従業員の事故による車両破損について、業務委託元がした当該従業員に対する損害賠償請求において、当該従業員の責任が制限された「謙心建設事件」(東京高裁令和6年5月22日判決)をご紹介させて頂きたいと思います。
1 事案の概要
本件は、建設業等を目的とする有限会社であるXが、A社に対して業務委託をしていたところ、A社の従業員であったYがX所有のトラックを運転中に、平成31年1月(第1事故)及び同年3月(第2事故)と2件の自損事故を起こし、X所有のトラック(第1車両及び第2車両)を全損させたため、民法709条に基づき、損害賠償の支払いを求めた事案です。
なお、第1事故の時点においては、YがA社に雇用されていた点には争いはない一方、第2事故の時点においてYがXと雇用関係にあったかについては争われています。
2 本件の争点
本件では以下の3点が争点となっております。
② 賠償金の実質的な回収の有無
③ Xの損害額
3 原審の経過
東京地裁立川支部の第1審(令和5年6月)では、争点③に関して、第2車両の代車費用(8万3376円)並びに第1車両及び第2車両の物損として車両保険の免責金額(各20万円、合計40万円)を損害と認定した上で、争点②に関して、XがA社に対し、平成31年1月分の業務委託料のうち40万円を支払っていないことから、XがA社から損害のうち40万円を回収したと認定しています。
そして、争点①に関して、茨城石炭商事事件(最判昭和51年7月8日民集30巻7号689頁)を引用し、使用者から被用者に対する損害の賠償又は求償の請求は信義則上制限される旨判示した上で、Xの事業規模は年間売上高が2億1029万円余りとそれほど大きいとはいえないこと、Yは一作業員で給与は月額23万円から25万円程度であったこと、Xの事業には、建設現場への移動及び建設現場の廃材の運搬のために車両を用いることが必須であり、事故が起きた場合には保険で損害を賄うことができたところ、Xが付けていた保険は代車費用が補填されず、免責金額が設定されたものであったこと、第2事故はYの免許条件違反の状態で起きたものだが、第2事故の発生と因果関係を有するとまでいえないこと、Yの前方注視義務違反等の過失の程度が特に大きいと認められる証拠はないことから、XがYに対して請求できる損害額は未弁済額の25%としています。
その結果、8万3376円の25%である2万0844円に弁護士費用相当額を加えた2万2844円の請求を認容しています。
4 高裁の判断
これに対し、高裁は、争点①に関し、まず茨城石炭商事事件を参照し、「使用者が、その事業の執行についてされた被用者の加害行為により直接損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度においてのみ、被用者に対し上記損害の賠償を請求することができるものと解される」と判示しています。
そして、Yは第1事故の時点ではXとの間に直接の雇用関係はなく、業務委託先であるA社に雇用されていたものの、Xの従業員から解体作業や廃材の運搬についての具体的な指示を直接受け、Xの車両、工具、資材等を使用していたものと認められるとし、第1事故は、Yが、まさにXの従業員からの指示を受けて、廃材を処分場まで運搬するため、Xの所有する第1車両を運転している際に生じたものであって、直接の雇用関係がある場合と同様に、上記茨城石炭商事事件の理が妥当するものというべきと判示しています。
次に、第2事故について、第2事故の時点でYと直接の雇用関係に入っていたのであればもちろん、仮にまだ直接の雇用関係に入っていないとしても、第1事故の時点と同様に、Xの従業員から具体的な指示を直接受け、Yの車両、工具、資材等を使用していたものである上、第2事故はまさにXが所有する第2車両を運転している際に生じたものであって、いずれにせよ、上記茨城石炭商事事件の理が妥当することに変わりはないと判示しています。
その上で、
✓ Xの従業員は5人程度、当時の年間売上高は2億1000万円程度であるものの、平成31年時点で14台の車両を有しており、このうち11台がトラックであったこと
✓ トラックに支障が生じた場合、代車が必要となる可能性が相応にあったのに、第1車両の車両保険では代車補償を対象外とし、第2車両の車両保険でも一般的なトラックを代車補償の対象外としていたこと
✓ Yは現場作業員であり、Xの従業員から直接指示を受けて解体作業や廃材の運搬に従事していたのであって、当時の給与収入は手取りで約23万円ないし25万円程度にとどまっていたこと
✓ 使用者であるXにおいては、自動車保険に加入することで損害の填補を受けたり、賠償責任を免れたりすることができるのに対し、被用者であるYにおいて、そのような保険に容易に加入することができたとはにわかに認め難いこと
✓ 第1事故は第1車両を車道左側のガードレール等に衝突させたものであり、第2事故は第2車両を横転させたものであって、いずれも比較的単純な自損事故である上、その際、Yにおいて、酒気帯び運転や大幅な速度超過その他の著しい過失があったとまでは認められないこと
✓ Yの自動車運転免許には条件が付されており、本来Yは第2車両を運転することができなかったが、この条件違反と第2事故の発生との間に直接の因果関係があるとは認め難い上、Xの代表者自身はYの自動車運転免許に上記の条件が付されていたことを知っていたものの、現場の従業員がこれを知らないまま、Yに対して第2車両を運転するよう指示したものと認められること
等の事情を総合考慮すると、本件において、Xが第1事故及び第2事故により被った損害のうちYに対して賠償を請求することができる範囲は、信義則上、その請求額の10%を限度とするのが相当である旨判示しています。
争点②に関して、XはA社に対して業務委託料のうち40万円を支払っていないことが認められ、その後、A社がXに対し、上記40万円を支払うよう求めた形跡もないとした上で、第1事故はYがA社に雇用されていた時点で発生したものであって、YはAに対して民法709条に基づく損害賠償責任を負うほか、その使用者であるA社も、Xに対して民法715条又は同法415条に基づく損害賠償責任を負い、同債務はYの債務と不真性連帯債務の関係に立つと判示しています。また、第2事故の時点における雇用関係は必ずしも判然としないところがあるものの、Xの主張に照らせば、少なくともXの認識としてはYはなおA社に雇用されていたものというべきであって、その場合、やはりA社はXに対して民法715条又は同法415条に基づく損害賠償責任を負い、Yの債務と不真性連帯債務の関係に立つと判示しています。
そして、40万円という金額は、Xの主張する車両保険の免責金額と合致すること、他にXがA社に対して40万円を支払わない理由は見当たらないことからすると、Xは、A社に対して業務委託料のうち40万円を支払わないことにより、実質的にはA社から損害賠償債務の弁済を受けたのと同等の効果を得たことになるとし、XのYに対する損害賠償請求債権は、民法439条1項の趣旨に照らし、40万円の限度で消滅したものというべきと判示しています。
争点③に関して、第1事故について修理費用(201万6911円)及びレッカー費用(5万2380円)、第2事故について修理費用(114万5599円)、レッカー費用(16万4316円)及び代車費用(8万3376円)を損害としています。そして、XがYに対し損害賠償を請求できる範囲は、損害の合計額346万2583円の10%である34万6258円に限られるとしました。
その結果、XはA社に業務委託料のうち40万円を支払わないことで、実質的にA社から損害賠償債務の弁済を受けたのと同等の効果を得たことになり、Xの損害賠償請求権はその全額が消滅したと判断し、Xの請求を棄却しました。
5 留意事項
茨城石炭商事事件は、被用者の加害行為により、使用者が直接損害を被り又は損害賠償責任を負担した場合に、使用者は被用者に対してどのような範囲で賠償又は求償の請求をすることができるかについて判断したものでした。使用者の被用者に対する賠償・求償関係についてはこの茨城石炭商事事件の法理を基に判断されています。
トラック運転手である派遣労働者の交通事故による損害について、派遣先が求償を請求した事案である京都地判平成30年10月25日では、派遣先と派遣労働者との間でも茨城石炭商事事件の法理が妥当する旨判示していましたが、本件は、委託元の従業員から直接具体的な指示を受け、委託元の車両、工具、資材等を使用していたという事情を踏まえ、茨城石炭商事事件の法理が直接の雇用関係にない業務委託における事故にも妥当することを判示した点に意義があり、実務上も参考になると思われます。
なお、制限の割合について、原審は25%としているのに対し、高裁は10%としております。その理由は明確ではございませんが、高裁ではXが有するトラックの内訳や双方の保険加入の難易を挙げている点も踏まえると、Xがトラックにより事業を行っている以上は、交通事故のリスクを負担すべきであるという考慮も働いているものと思われます。
本件の判示を踏まえますと、本件と同様に車両を使用する事業者においては、被用者に著しい過失があったとは言えないような場合には、事業者が交通事故のリスクを負担すべきとして、被用者の責任が制限されることが想定されますので、保険での手当などが重要になると思われます。

