今回、労働法研究チームからは、学校法人であるYが運営する学校において教員として勤務していたXが、母性健康管理措置の申出にかかるXの言動や、2度にわたってされた育児休業の延長の申請がいずれも育児休業期間の終期の直前であったこと等を解雇事由として普通解雇されたことについて、当該解雇は無効であるとしたうえで、Yによる不法行為が成立するとして、慰謝料30万円の損害賠償請求を認めた「学校法人横浜山手学園事件」(横浜地裁令和5年1月17日判決)をご紹介させて頂きたいと思います。
1 事案の概要
本件は、学校法人であるYが運営する学校において教員として勤務していたXが、2度にわたってされた育児休業の延長の申請がいずれも育児休業期間の終期の直前であったことや、母性健康管理措置として急遽休業申請をしたこと等を理由として解雇されたことについて、これらを解雇事由とする普通解雇は無効であるとして、労働契約上の地位の確認を求め、労働契約上の賃金請求権および賞与請求権に基づき、解雇後のこれらの支払を求めるとともに、解雇が不法行為であるとして不法行為の損害賠償請求権に基づき慰謝料を請求した事案です。
2 本件の争点
本件では以下の2点が争点となっております。
① 本件解雇の有効性
② 不法行為の成否及び損害
3 Yが主張したXの解雇事由
Yは、以下の5点の事由が、就業規則の解雇事由である「職務遂行能力または能率が著しく劣り、また向上の見込みがないと認められるとき」に該当し、本件解雇は客観的に合理的な理由が認められ社会通念上も相当であり、有効であると主張しました。
㋐ Yは、Xによる新型コロナウイルスへの感染不安を理由とした母性健康管理措置による休業の申出を認め、適切な対応をしたにもかかわらず、Xは同休業期間中であっても、満額の給与の支給に固執し、最終的には、休業申請はしておらず出勤を認めるべきなどと要求するに至ったこと
㋑ Xは、当初平成29年8月22日までの予定で育児休業を取得していたところ、同年7月20日に育児休業の延長の申出をし、育児休業が平成30年2月22日までの予定で延長されることとなった。さらに、Xは平成30年1月27日に育児休業の延長の申出をし、再度同年8月22日まで育児休業が延長されることとなった。Xが漫然と期限直前になって延長を申請することにより、Yの人事配置に度重なる変更が発生し、担当教師を固定することができないという人事上の混乱が生じたこと
㋒ Xは2学期開始直前である令和2年8月21日に、妊娠したこと及び体調が優れないことを理由に担任業務を解くよう突然申し出たり、事前に何の相談もなく、Yの業務が終了した週末の勤務時間終了後に、突然母性健康管理措置として、休み明けからの休業申請をし、これらにより、Yの人事配置に混乱が生じたこと
㋓ Xが、年間の学校行事で最大ともいえる運動会について、2年連続で、いずれも当日朝になって欠勤の連絡をしたこと
㋔ 育児休業中に就業規則に違反して、別の学校で授業を行い、報酬を得たことに加え、このような行為を認めずに、当該行為に対するけん責処分についても異議を申し立てる等、職場の規律を遵守するという意識の欠如が甚だしいこと
4 本判決の判断①
裁判所は、解雇事由㋐について、Xが母性健康管理措置としての休業が認められた際に、賃金の支給が6割になると言われたことに不満を示し、賃金が控除されるのであれば在宅勤務を希望し、在宅勤務の申請が認められないのであれば登校する旨伝えたことについて、一般に労働者にとって3か月以上にわたる期間の賃金の支払の有無及びその額は重大な関心事であることに照らすと、母性管理措置としての休業の意向を示しつつ、休業期間の賃金の支払の有無及びその額に関する回答次第では、在宅勤務を希望したり、休業の申出を撤回することは労働者の対応として直ちに不合理なものとは言い難いとし、Xの言動が職務遂行能力又は能率の不足等を基礎付ける事情となるものとは言い難い旨判示しております。
次に解雇事由㋑についても、2度の育児休業の延長は、いずれも延長にかかる休業開始の2週間前までに申出をすることとされている育児介護休業法5条3項・4項及び6条3項に照らし適法な申出であり、期限直前になって申出をしたため混乱が生じたなどとして解雇事由とすることは育児介護休業法10条に違反するものであって許されないとしています。
解雇事由㋒について、担任業務を解く旨の申出は労基法65条3項に基づく軽易業務の転換の請求であり、当該請求はその要件を充たす限りにおいて、いつでも使用者に対して請求をできるとしたうえ、均等法13条1項に基づく母性健康管理措置の申出についても、その要件を充たす限りにおいて、申出の時期について制限はないとし、これらを解雇事由とすることは均等法9条3項等に違反するものであって許されないとしています。
解雇事由㋓について、運動会当日に看護休暇を取得して欠席したものであるところ、育児介護休業法16条の2第1項でも、看護休暇の申請について時期の制限は設けられていないとしたうえで、かえって、看護休暇の性質上、その申請が直前となることも想定されているとさえいえるとし、これを解雇事由とすることは育児介護休業法16条の4、同法10条に違反するものであって許されないとしています。
解雇事由㋔については、懲戒処分に不服を有する労働者が、その撤回を求めて使用者に異議を申し立てることは、懲戒処分を受けた労働者の対応として何ら不合理なものではなく、通常想定され得るものであることから、職務遂行能力又は能率の不足を裏付ける事情に当たるものとはいえないとしています。
以上を踏まえ、裁判所は、各解雇事由において主張されている事実は、就業規則の解雇事由の規定に該当するものではなく、本件解雇は客観的合理的理由を欠き、社会通念上相当であると認めることもできず、権利の濫用として無効であると判示しております。さらに、裁判所は、本件解雇は、均等法9条4項ただし書の「前項に規定する事由を理由とする解雇でないことを証明した」とはいえず、Xの妊娠中にされた解雇として均等法9条4項に違反するといえる点からも無効である旨判示しております。
Yは、Xは教師に求められる情熱や専門家としての力量、総合的な人間力を欠いており、解雇の有効性についてもこれらを前提に判断すべきと主張しましたが、裁判所は、Yが主張する解雇事由㋑~㋓は、育児介護休業法や均等法に反するものであり、そもそも解雇事由とすることができないものであり、㋐及び㋔はYの主張を考慮しても、Xの能力不足を示す事由とは認められない、としてこのようなYの主張を退けています。
5 本判決の判断②
Yによる本件解雇が不法行為に該当するかにつき、裁判所は、Xは適切な権利行使やそれに伴い通常想定される協議等をしたにもかかわらず、突如として解雇の告知をされるに至っていることや、本件解雇が均等法9条4項に違反する妊娠中の解雇となっていること等の経緯に鑑みると、本件解雇の違法性は大きいとして、不法行為が成立する旨判示しております。
そして、未払賃金が支払われるとしても、それによってXの精神的苦痛がおおむね慰謝されたものとみるのは相当でないとし、Yによる違法な本件解雇によりXに生じた精神的苦痛に対する慰謝料として30万円と認めるのが相当と判示しております。
6 本判決の意義
育児介護休業法10条や均等法9条3項等において、妊娠や出産、育児休業等による不利益取扱いをしてはならない旨規定されておりますが、本判決は、妊娠や育休の取得等を理由とする不利益取扱が争われた事例として、実務上参考となるものと思われます。