ニュースレター登録

Legal Contents 法務コンテンツ

中野 明安大庭 浩一郎川俣 尚高縫部 崇佐々木 賢治久保田 夏未高橋 香菜

労働法判例ヘッドライン

2022/05/31

労働法判例ヘッドライン

 今回、労働法研究チームからは、労働者派遣事業等を営む会社との間で有期労働契約を締結していた労働者が、令和2年2月下旬から3月初頭頃、上記会社に対し、新型コロナウイルスへの感染を懸念して在宅勤務を求めたにもかかわらず、派遣先会社に出社させたこと等が上記会社の安全配慮義務違反となる等と主張するとともに、その後行われた雇止めが違法である等として損害賠償請求をしたものの、裁判所が労働者のいずれの主張も退けたという事案である「ロバート・ウォルターズ・ジャパン事件」(東京地裁令和3年9月28日判決)をご紹介させて頂きたいと思います。

1 事案の概要

 本件は、労働者派遣事業等を営むY社との間で有期労働契約を締結していた労働者Xが、Y社に対し、新型コロナウイルスへの感染を懸念して在宅勤務を求めていたにもかかわらず、(一旦はこれを認めたものの、その後)派遣先会社への出社を求めたり、在宅勤務等を希望するXを疎んで雇止めにしたり、雇止めの理由を具体的に説明しなかったことから、これらが不法行為に当たるとして慰謝料等の支払を求めた事案です。

2 本件の争点

 本件の主な争点は下記の3点です。

①Xの在宅勤務実施に関するY社の健康配慮義務または安全配慮義務違反の有無
②Y社によるXの雇止めの違法性の有無
③雇止め時のY社の説明義務違反の有無

3 本判決の判断―争点①

(Xの主張)
 まず、Xは、労働契約に基づく使用者の労働者に対する健康配慮義務や安全配慮義務の具体的内容については、行為当時に一般人が認識し得た事情を基礎とし、一般人を基準にして判断すべきであり、使用者は、労働者の健康や安全を守るため、その当時考えられる最善の配慮をすべきであるとしました。その上で、令和2年3月初頭当時、新型コロナウイルスの詳細が判明していなかった状況を踏まえると、Y社は、労働者が求める場合には、労働契約に基づく健康配慮義務・安全配慮義務として、労働者の健康、安全を守るために、派遣先に対し、在宅勤務の必要性を訴え、労働者を在宅勤務させるように求める義務を負っていたところ、Y社は在宅勤務を求めていたXに対し、一旦は在宅勤務を許可したものの、再度派遣先に出社するように一方的に伝え、Xの再三の依頼を無視し、このようなY社の作為・不作為は、Xに対する健康配慮義務・安全配慮義務に違反すると主張しました。

(Y社の主張)
 これに対し、Y社は、自社が、Xが主張するような強度の配慮義務を負担していることを争い、また、仮に何らかの健康配慮義務や安全配慮義務を負担していたとしても、Y社は通勤を通じて新型コロナウイルスに感染することを懸念し、勤務開始日の延期や在宅勤務を望むXのために、Xの要望を聴取してアドバイスを行い、また、派遣先会社に対して出社時刻の調整や在宅勤務の検討を依頼する等し、実際にY社の働きかけによりXが在宅勤務を認められた等の事情から、上記義務違反はないと主張しました。

(裁判所の判断)
 この点、裁判所は、まず、令和2年3月初め頃、新型コロナウイルスの流行が既に始まっており、Xのように通勤を通じて新型コロナウイルスに感染してしまうのではないかとの危惧を抱いていた者も少なからずいたことは窺われる一方、当時は新型コロナウイルスに関する知見が十分に集まっておらず、通勤によって感染する可能性やその危険性の程度は必ずしも明らかになっているとはいえなかったとしました。そして、当該状況を踏まえると、仮に、Y社が派遣先会社に対してXの在宅勤務の実現に向けて働きかけをしなかったという事情があったとしても、これをもって違法ということはできないと認定しました。
 また、そもそも本件では、Y社が、通勤による新型コロナウイルスへの感染の懸念を示すXに理解を示し、派遣先会社に対してXの出勤時刻の繰り下げや在宅勤務の要望を伝え、これらが実現している事実に照らすと、Y社は上記状況下において使用者として可能な十分な配慮をしていたというべきであり、Y社に労働契約に伴う健康配慮義務または安全配慮義務違反があったとは認められないとして、Xの主張を退けています。

4 本判決の判断―争点②

(Xの主張)
 Xは、Xの入社時、Y社が、半年で正社員になることができる会社があると説明して派遣先会社を紹介し、Xに雇用継続への多大な期待を抱かせたにもかかわらず、在宅勤務や入社日延期を希望するXを煙たがり、就業開始からわずか3週間余りで違法に雇止めをしたと主張しました。

(Y社の主張)
 これに対し、Y社は、Xが主張するような入社時の説明はしておらず、本件の労働契約はX・Y社間で合意された期間の満了により終了したものであるとして、Xの主張を争いました。

(裁判所の判断)
 この点、裁判所は、Xが主張するような説明をY社が行ったと認めるに足りる証拠がないとし、また、本件の労働契約が雇止めまで一度も更新されたことがなかったことや、労働契約上更新を予定した条項が定められていなかったことに照らし、雇止め時点でXに雇用継続への合理的期待があったと認めることは出来ないというべきとして、Xの主張を退けました。
 なお、裁判所は、Y社担当者がXに対して派遣先会社への派遣社員の話を紹介した際、派遣先会社においては派遣社員が正社員として登用される可能性が高い旨を説明したことは認められると認定した一方、上記説明は、あくまで派遣先会社における正社員登用の一般的な可能性を説明したものにすぎず、派遣先会社での正社員登用を約束したものでも、派遣が長期間続くことを補償したものでもなく、仮にXが上記説明により派遣先会社において正社員登用されるまで労働契約が更新されて継続することを期待したとしても、そのような期待は法的に保護されるべき合理的な期待と認めることができないと判示しています。

5 本判決の判断―争点③

(Xの主張)
 Xは、Y社がXに対して派遣先会社では半年で正社員になることができる旨説明し、Xに過大な期待を抱かせたことを前提に、上記期待を抱かせた以上、契約を打ち切る際には、その具体的根拠を示して説明すべき義務を負っていたにもかかわらず、Y社は抽象的で事実と異なる理由を付けて契約を一方的に打ち切ったのであり、説明義務違反があると主張しました。

(Y社の主張)
 一方、Y社は、事実関係を争うと共に、Xが主張するような義務を負っていないと主張しました。

(裁判所の判断)
 この点、裁判所は、争点②のとおり、Xが主張するようなY社による説明があったとは認定できないとして、Xの主張を退けています。

6 本判決の意義(争点①に関して)

 本判決は、”新型コロナウイルスの感染拡大を契機として、テレワークの対応をとる義務が使用者に生じるのか”という問題を正面から取り扱った点に意義があるといえます。

 すなわち、本判決は、Xの主張を前提にして、使用者の安全配慮義務ないし健康配慮義務の一内容として、在宅勤務の実施を求める労働者に対する配慮義務を観念することができるのか否かを検討しています。

 一方で、本判決は、令和2年3月という、新型コロナウイルスの特徴や症状等、未だ詳細が判明しておらず、通勤による影響等の把握が困難な時期にかかる事案であった一方、例えば市中感染や職場クラスターが急速に拡大していた時期や、今後、更に研究が進み、新型コロナウイルスの詳細がより明確に判明した場合等においては、ウイルス感染の可能性やその危険性に関する使用者の予見可能性が一層認められやすいと考えられます。また、労働者との関係においても、当該労働者が持病等の事情から、より高度な感染リスクにさらされており、かかる事情を使用者が認識しているケースにおいては、使用者により高度な配慮措置が求められる等、労働者の特性や事情等によって使用者が求められる対応が変わり得るといえます。したがって、今後の同種事案において、使用者の安全配慮義務や健康配慮義務の一内容として、在宅勤務の実施を求める労働者に対する配慮義務を検討するにあたっても、ケースバイケースで考慮事情が異なり得るため、各事案における事情を精査する必要があることに留意する必要があります。

主な研究分野

Legal Conents法務コンテンツ