長く強い寒波が度重ねて責め立ててきた今冬は大雪の気象情報が多くなっており、落雪の事故も気になります。大雪が降ると、設計・施工を担当した建物などでも倒壊などのリスクがありますし、太陽光パネルなどでもそこから落雪し、隣地所有者の物件を破損するケースも出てきます。
例えば落雪によって「隣地所有者に損害を生じさせるような施工」をしたとして、施工者に対して、「契約不適合責任」を追及されることが考えられます。
建物の最低限度の基準などを定める建築基準法令の関係規定においては、屋根からの落雪対策に関する特段の仕様規定は設けられていません。ただし、豪雪地帯においては、条例により、一定の落雪対策を講じることを義務付けている場合があります。
そのため、条例で定められる仕様規定に違反していた場合には、地域に対応した雪止めを設置しないことが、「瑕疵」と判断される可能性があります。
参考になる判例としては、住宅の建築に関して、建築請負契約に基づく瑕疵担保責任が争われた事件において、雪止めの未設置が瑕疵として主張された事案があります。
前橋地方裁判所太田支部平成21年3月25日判決では、裁判所は、屋根の軒の出と隣地との間には相応の距離があり、かつ、事故というほどの落雪は発生していなかったという事実関係の下、「雪止めについては、隣地との間に雪が落下するとしても、設計図や見積書には記載がなく、条理上必ず設置すべき物とまでは解されず、瑕疵とは認められない」と判示し、瑕疵を否定しました。この結論は、東京高裁でも維持されています(東京高裁平成22年1月27日判決)。
そのため、この判断を前提とすれば、落雪が生じたことそれだけをもって、直ちに瑕疵が肯定されるわけではないと言えます。
ただし、「物が通常有すべき性能・品質」を有しているか、という瑕疵概念の本質に鑑みた場合、契約不適合責任が一切生じない、と考えることは早計と思います。
瑕疵とは何かを考えた場合には、「想定される降雪時に、当該地方・周辺地域の同種建物と比較して、屋根としての安全性を有しているか(他の建物に対して、特に落雪が多い状況になっていないかなど)」が判断の一つのメルクマールになると考えられます。当該地方・周辺地域の一般的な仕様に「劣る」と評価されれば、「通常」備えているべき安全性に欠くという点で、また、予見可能な事態に対して何ら対策を取っていないという点で、「瑕疵」と評価される可能性があります。
もう1つ裁判例を紹介します。士別建物落雪被災事件(旭川地方裁判所 昭和50(1975)年5月15日判決)です。
士別市内の歩道を通行中、道路に平行して建てられた建物の屋根から積雪が頭上に落下し、歩行者一名が雪中で窒息死したというものです。なお、事故前年に雪止めの丸太を設置していたが、雪止め付近に約1メートルの積雪があり、雪止めの丸太を支えていたが鉄線が切れて落雪したものです。また、事故の発生した年は、早期多雪型の気象で12月中に多くの積雪量を記録しています。
本件では、安全配慮義務、また、異常な積雪による事故であり不可抗力かが争点となりました。また、建物の保存に瑕疵があるか、民法717条の問題としても議論がなされました。裁判所は、被告に賠償責任があると認定しました。
事故当時積雪量は、昭和44年にも同程度の積雪があり、異常な積雪量ではない。予め雪下ろしをして雪で雪止めの負担を軽くし落雪しない状態にするか、雪止めを積雪の負担に耐えうるものにして建物を保存しなければならない。しかし、雪止めの丸太を支える鉄線が切れたのであり、雪止め設備を含め本件建物には通常有すべき落雪による危険を防止する機能を有していなかった。
裁判所の判決から教訓「過去に経験したことのある最大の気象条件を前提に,危険防止策を設ける必要がある。また,危険防止策を設けただけではなく,普段からのメンテナンスが重要である。」が言えると思います。
教訓は、まずは知ることから始まります。多くの教訓を知り、そして、学びましょう。
主な研究分野
- 弁護士:
- 中野 明安