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中野 明安

「渡航医学への期待」講演をふまえた企業BCPの社会的意義

2025/07/31

「渡航医学への期待」講演をふまえた企業BCPの社会的意義

 2025年7月19日(土)~20日(日)に奈良春日野国際フォーラム 甍~I・RA・KA~ にて「第29回日本渡航医学会学術集会 」が開催されましたので、参加してきました。テーマは「共に学び、共に創ろう 未来の旅を照らす新時代の渡航医学 」というものでした。なお、以前にもこの学会のことはご紹介しておりました。そのときは「銃を持つテロリストに襲撃されたらあなたはどうするか」というテーマでの講演をご紹介しました。(ちなみに、銃社会で身を守ることを日常的に考えているニューヨーク市警では、A(avoid=避ける)、B(barricade=バリケード)、C(confront=立ち向かう)などと言われていることをこのBCPだよりでもご紹介しました。)

 数々の講演から「渡航医学への期待~多様化する人の移動と地域医療の交差点で~」と題する高山義浩先生(沖縄県立中部病院 感染症内科・地域ケア科)の講演を拝聴しました。この講演では、現代社会における人の移動の多様化と、それに伴う医療体制への期待と課題が明確に示されました。グローバル化が進むなかで、観光や出張、留学、就労、難民など、多様な目的と背景を持つ人々が国境を越えて移動するようになっています。このような人の移動の活発化は、地域医療にとって新たな挑戦をもたらしており、とりわけ感染症の拡散リスクが大きな課題として浮上しています。

 COVID-19パンデミックは、こうしたリスクが現実のものとして私たちに突きつけられた出来事でした。日本国内では約10万人、世界全体では約700万人が亡くなり、その被害の甚大さが浮き彫りになりました。インフルエンザの年間死亡者数(日本では約3,000人)と比較しても、そのリスクの大きさは明らかです。さらに、人口10万人あたりの死亡者数を見ると、日本が50人未満に抑えたのに対し、アメリカ、イギリス、イタリアでは300人を超えていました。この違いの背景には、日本における感染対策の実施、業務縮小やテレワークの導入、マスク着用などの社会的行動が適切に行われたことが挙げられます。

 こうした社会的対応の中で、企業が果たした役割は非常に大きなものでした。特に、事業継続計画(BCP)を導入・実行した企業は、従業員の健康を守るだけでなく、感染症の拡大を抑え、医療崩壊を回避し、社会全体の安定を支えるという重要な役割を果たしました。感染者の早期隔離や業務体制の見直し、オンライン会議の徹底など、企業の対応は多岐にわたりましたが、これらはいずれも社会全体のリスク軽減に資するものでした。

 また、高山先生が紹介した沖縄県の離島では、観光客の急増による医療機関の逼迫や、環境悪化といった問題も顕在化しています。オーバーツーリズムによる影響は一部地域だけでなく、全国的な課題となりつつあります。そうした中で、企業は地域医療との連携や、観光政策への責任ある関与を通じて、持続可能な社会の構築に向けた新たな役割を担うことが期待されています。


 BCPは、従来は自然災害や事故といった突発的な危機に備えるためのものでしたが、パンデミックを経験した今、その位置づけは大きく変わりつつあります。企業の事業継続の取り組みは、単に自社の損失を抑えるための手段ではなく、社会全体の機能維持に貢献する重要な仕組みであることが明らかになりました。とりわけ、医療資源が限られる地域や観光地においては、企業が医療提供体制と協調し、混乱を最小限に抑える努力が求められます。

 後の社会において、企業が果たすべき責任はますます大きくなります。BCPは経済活動の土台を支えるだけでなく、医療、福祉、教育といった社会基盤と密接に関わるものとなり、社会全体の「生き残り戦略」として再定義されるべきです。高山先生の講演は、渡航医学という視点からその必要性を再確認させるものであり、企業・地域・行政が一体となって、持続可能で強靱な社会を築くことの重要性を改めて認識させられました。

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