2024年5月16日に、特許法にいう「発明」とは、自然人によるものに限られるのかどうか(AIが「発明者」に含まれるのかどうか)について争われた事案に関する判決が出ました。
東京地裁は、①知的財産基本法において「発明」が人間の創造的活動により生み出されるものの例示として定義されていること、特許法において発明者は特許を受ける権利の帰属主体とされていることを指摘し、②発明者にAIが含まれると解釈した場合の不都合性等を述べたうえで、特許法に規定する「発明者」は、自然人に限られるものと解するのが相当であると判示しました。
他方で、AI発明に係る制度設計は、AIがもたらす社会経済構造等の変化を踏まえ、国民的議論による民主主義的なプロセスに委ねることとし、その他のAI関連制度との調和にも照らし、体系的かつ合理的な仕組みの在り方を立法論として幅広く検討して決めることが、相応しい解決の在り方とみるのが相当であるとして、立法論として検討すべき問題であることについても言及されています。AIと知的財産法の関係については、2024年に入ってからも複数の公表文が出されており、注目度の高い分野となっています。
それでは、今回は、ECサイトの権利侵害の申告フォームを利用して権利侵害を申告した行為が、不正競争防止法2条1項21号に違反すると判断された事例(大阪地裁令和5年(ワ)第893号 令和6年3月18日判決)をご紹介します。
この事案は、アマゾンにおいて商品を販売していた原告が、被告代表者によるアマゾンに対する知的財産権侵害の各申告が、不正競争防止法2条1項21号に該当するとして、①被告代表者に対して権利侵害の申告の差止め、②被告代表者及び被告会社に対して損害賠償請求を求めた事案です。
各申告は、
・被告代表者が商標権者であること(この商標権に係る登録商標を、以下「被告商標」といいます。)、
原告の商品のパッケージ文字が被告商標に酷似しているのでAmazonの意見を聞きたいことを内容とするもの
・被告代表者が商標権者であること、原告の商品が権利侵害品と思われること、
同商品について権利侵害申告を行うことを内容とするもの
等でした。
争点のうち、被告代表者の申告が「事実」に該当するのか否かについて、
裁判所は、
- ✓ 商標権侵害であるとの断定的表現は含まれていないが、商標権侵害の事実を示唆する内容が含まれている。
- ✓ 申告フォームを利用した権利侵害の申告は、アマゾンにおいて、「権利所有者は、Amazonに掲載された権利を侵害する内容を報告することができます。」「注:以下の情報に法的なアドバイスは含まれていません。出品者の知的財産権または他者の知的財産権に関する質問については、ご自身で法律の専門家に相談してください。」と案内されており、当該申告フォームを利用した「権利侵害の申告」は、権利侵害の事実を報告することが前提とされている。
として、単なる主観的な意見の表明にとどまらず、原告各商品の販売が被告商標権を侵害するという事実の告知に当たると認められると判示しました。(原告の標章と被告商標は、外観・称呼・観念のいずれにおいても類似せず、原各商品の販売が被告商標権を侵害しないといえるとして、各申告の内容は「虚偽」にあたると判示しました。)
また、故意過失の有無の判断にあたって、被告が負う注意義務の内容として
- ✓ 競争者により自己の知的財産権が侵害されたとして取引先等にこれを告知するに際しては、告知者は、少なくとも非侵害品に基づく虚偽の告知とならないように調査を尽くすべき注意義務を負い、このことは告知の相手方がECサイトやいわゆるプラットフォーマーであっても同様である。
- ✓ アマゾン所定の申告フォームを利用した権利侵害申告においては、「侵害されたと思われる知的財産権の特定の情報」と「侵害の内容」を報告しなければならず、当該申告が承認された場合には、責任のある者に対して出品停止を含む適切な措置がとられることとなり、知的財産権に関する質問は専門家に相談するよう案内されている。
として、申告にあたって、権利侵害の事実について十分調査検討すべき注意義務を負っていることが容易に理解できるところ、被告代表者は本件各申告にあたって、上記注意義務を尽くしたとは認められないとして過失があったと判示しました。
自社製品のコピー品等をECサイトで発見した場合、コストやスピード、実効性の観点から、出品者に対する請求ではなく、まずはECサイトの侵害申告フォームを利用するという対応を取ることは比較的多いかと思います。しかし、本判決を前提とすると、侵害申告フォームを利用するにあたって、十分な調査検討を経ずに、侵害の成否の判断を誤ってしまうと、不正競争防止法違反の責任を問われる可能性があるという点で、侵害申告フォームの利用実務に対する影響の大きい裁判例と考えられるため、今回ご紹介させていただきました。