これまでも、環境エネルギー法チームの当メルマガ記事でご紹介してきたとおり、昨今では、カーボンプライシングの実現に向けて政府での検討が進んでいます。カーボンプライシングとは、CO2に価格をつけることで、企業等を中心としたCO2排出者の行動の変容を促し、我が国全体のCO2排出量を抑制するための取り組みのことをいいます。
本年2月18日には、政府において、「エネルギー基本計画」と「地球温暖化対策計画」とともに、「GX2040ビジョン」が閣議決定されました。この「GX2040ビジョン」では、GX(グリーントランスフォーメーション)を進めるための一つの柱として、「成長志向型カーボンプライシング構想」が掲げられています。そして、当該構想実現のための具体的な政策として、化石燃料賦課金の導入等のほか、2026年度以降に「排出量取引制度」を本格稼働させる方針について言及されています。
そのような状況の中、本年2月25日には、排出量取引制度について具体的な規定が追加されたGX推進法(正式名称:脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律)の改正案(以下「改正GX推進法」といいます。)が閣議決定され、条文案等も公表されました(経済産業省のリリース参照)。改正GX推進法は、近く国会にも法案提出される見込みです。
本記事では、排出量取引制度の概観をご紹介した上で、改正GX推進法のポイントをご紹介させていただきます。
1 排出量取引制度の概観
まず、排出量取引制度の基本的な枠組みの概観についてご紹介します。
政府は、CO2を多く排出する一定の企業に対して、あらかじめCO2の排出可能な数量を示した排出枠を割り当てます。そして、排出枠を割り当てられた企業は、その割り当てられた排出枠の枠内でCO2を排出しなければなりません。排出枠の範囲を超えてCO2を排出する場合には、課徴金などのペナルティが課されることになります。
そして「排出量取引」という名称のとおり、各企業は、割り当てられた排出枠を他の企業との間で取引することができます。そのため、例えば、排出枠が足りない企業(排出枠の割当量に対して、実際の排出量が多くなることが見込まれる企業)は、取引市場等を通じて、排出枠が余った企業(排出枠の割当量に対して、実際の排出量が少ないことが見込まれる企業)から、排出枠を購入し足りない部分に相当する排出枠を調達することで、ペナルティを回避することができます。

(内閣官房GX実行推進室・「GX2040ビジョンの概要」28頁より抜粋)
2 改正GX推進法の主なポイント
以下では、排出量取引の内容を具体化した改正GX推進法の主なポイントをご紹介させていただきます。
① 対象企業
二酸化炭素の年度平均排出量が一定以上の事業者は、経済産業大臣に届出をしなければならず、当該届出をした企業(「脱炭素成長型投資事業者」と呼ばれます。)が、本制度の対象となります(改正GX推進法33条1項)。
現状では、二酸化炭素の直接排出量が10万トン以上の事業者に対して当該届出義務を課すことが想定されており、約300〜400社程度が対象となると見込まれています。
② 排出枠の割り当て
各脱炭素成長型投資事業者に対しては、経済産業大臣より、無償で排出枠(正式名称:脱炭素成長型投資事業者排出枠)が割り当てられます(改正GX推進法34条1項)。当該排出枠の割当てにあたり、経済産業大臣は、「事業分野」や「脱炭素成長型経済構造に役立つ研究及び技術開発」に関する事項を勘案することになっています。
無償で割り当てられる排出枠のCO2量の具体的な算定方法等については、改正GX推進法には明確な定めはありません。そのため、今後の定められる指針などにより、より具体的な基準等が示されるものと思われます。
なお、昨年12月18日に経済産業省・環境省が主催する排出量取引制度の検討に資する法的課題研究会が公表した「GX実現に資する排出量取引の法的課題とその考え方についての報告書」においては、「グランドファザリング方式」と「ベンチマーク方式」の2つのアプローチが紹介されておりますので、これらを踏まえた排出枠の量の算定方法等が設定されるものと予想されます。

③ 排出枠の取引等
各脱炭素成長型投資事業者は、他の事業者等との間で、排出枠を売買することが可能です(GX推進法38条1項)。
このような排出枠の売買のために排出枠取引市場が創設され、官民組織「GX推進機構」がその運営をします(GX推進法101条1項6号)。排出枠取引市場には、脱炭素成長型投資事業者のほか、金融機関・商社等の一定の基準を満たした事業者も参加することが想定されています。
さらに、経済産業大臣は、事業者の投資判断のための予見可能性の向上と国民経済への過度な影響の防止等のため、排出枠の取引価格についてその上限の算定の基礎となる価格(参考上限取引価格)を定めるとされている(GX推進法39条1項)等排出枠の価格安定化のための措置が用意されています。
④ 脱炭素成長型投資事業者の排出枠の保有義務・償却
脱炭素成長型投資事業者は、経済産業大臣に対して、各年度におけるCO2の排出実績数量を報告しなければなりません(改正GX推進法35条1項)。なお、当該報告の際には、報告の正確性を担保するために、登録確認機関の確認を得ることが必要とされています(同条2項)。
そして、脱炭素成長型投資事業者は、各年度の翌年1月31日時点で、基本的に、報告した排出実績量に相当する排出枠を保有しなければならず、この日に排出枠が償却される(排出実績量に相当する範囲で排出枠が消滅する)ことになります(GX推進法36条1項、3項、37条1項。)。
排出実績量が保有する排出枠を上回る場合(実排出量に相当する量すべての償却ができなかった場合)には、脱炭素成長型投資事業者は、ペナルティとして、国に対して、未償却相当負担金を支払わなければなりません(GX推進法41条1項)。未償却相当負担金は、参考取引上限価格の1.1倍の金額とされています(すなわち、排出枠を超過してCO2を排出した脱炭素成長型投資事業者は、市場取引の上限金額より高い金額のペナルティを支払う必要が生じることになりますす。)。
この未償却相当負担金というペナルティの存在により、脱炭素成長型投資事業者は、自らCO2排出量を工夫して削減するか、売買代金を負担して市場で排出枠を購入するかの選択を迫られることになります。
⑤ 排出枠の管理記録
経済産業省は排出枠口座簿を作成し、脱炭素成長型投資事業者は、排出枠の管理のための口座を開設することになります(GX推進法45条1項)。
無償で割り当てられた排出枠や排出枠の譲渡や償却等は、当該口座に記録されることになります。排出枠口座の取扱いについては、排出枠の譲渡の際に振替手続が行われる(GX推進法50条)など、上場株式等に用いられる株式等振替制度に類似した仕組みが採用されているようです。
改正GX推進法により、排出量取引制度の内容が明確になりました。
排出量取引制度では、排出枠に関する権利が、企業間の取引の対象となる訳ですが、当該排出枠に関する権利は、CO2の実排出量に見合う排出枠が確保されなければ未償却相当負担金を支払わなければいけないという点で行政法的な権利でありつつ、財産的価値を有し市場の取引の対象となる点で民事法的な権利としての性質をも有するものとなります。このような排出枠に関する権利は、通常取引の対象とされることがない既存の行政法上の権利とも異なるものであり、さらに、物に対する権利(物権)や債務者に対する権利(債権)といった既存の財産権とも異なるものであって、過去に例のない新たな類型の権利といえるものです。そのため、改正GX推進法で示された、排出枠に関する権利に関する制度設計は、法律的観点からみて、非常に目新しく興味深いものとなっています。
今後、委任立法や指針等も整備され、同制度の内容がより明確になってくるであろうと思料されますので、引き続き、環境エネルギー法チームでは、排出量取引に関する最新情報をフォローしてまいりたいと思います。
(文責:尾臺知弘)