環境法チームが環境・エネルギー法チームに衣替えして、初めてのメルマガ投稿になります。今回は、地球温暖化と個人の有する権利に関して判断した最近の裁判例として、神戸石炭火力民事訴訟の神戸地裁令和5年3月20日判決をご紹介します。これは、神戸製鋼の100%子会社が稼働中の140万kwの火力発電所2基に加えて、さらに130万kwの石炭火力発電所2基(本件新設発電所)を建設しようとしたのに対して、地域住民が発電所の建設の差止めなどを求めた事例です。
1 本判決の概要
地域住民の主張する差し止めの主な根拠は、大別すると、
① 大気汚染によって、「伝統的な人格権」が侵害されること
② 地球温暖化によって、「伝統的な人格権」が侵害されること
③ 地球温暖化によって、「平穏生活権(安定気候享受権)」が侵害されること
というものでした。
裁判所は、これら①~③の根拠に基づく原告の差止め請求について、いずれの根拠に基づく差止め請求も棄却しました。それぞれの論点に対する裁判所の判断等の概要は以下のとおりです。
(1)①大気汚染による人格権侵害について
裁判所は、生命、身体、健康に係る人格権(原告らの主張するところの伝統的人格権)が侵害され又は侵害される具体的危険があるときや、そのために生命、身体、健康について深刻な不安に曝され、平穏に生活する法益が侵害されるときは、人格権に基づく妨害排除請求又は妨害予防請求として、当該侵害行為の差止めを求めることができるとの一般論を述べました。
しかしながら、あてはめにおいて、SO2、NO2、SPM及び水銀が基準値を超えて原告らの居住地に到達する具体的危険があるとは認められず、また、PM2.5についても、(略)、PM2.5の主な原因物質の一部と解されるSOx、NOx及びばいじんについての環境影響に係る調査・予測・評価において、本件新設発電所の稼働によりSOx、NOx及びばいじんの排出量自体は増加するが、本件新設発電所の運転に伴うこれらの物質の年平均値及び日平均値の着地濃度はバックグラウンド濃度(人為的汚染や自然的汚染からの影響を受けない前提での濃度)と比較して極めて小さいと予測され、寄与濃度をバックグラウンド濃度に加えた将来環境濃度も環境基準に適合していると評価されていたものであるから、この結果による限り、本件新設発電所の稼働により大量のPM2.5が新たに原告らの居住地に到達する具体的危険があるとは認められず、他の原因物質から二次生成した大量のPM2.5が原告らの居住地に到達すると認めるに足りる証拠もないと判断して、人格権に基づく原告の差止め請求を認めませんでした。
(2)②地球温暖化による伝統的人格権侵害について
裁判所は、大量のCO2の排出に起因する平均気温の上昇(地球温暖化)により極端な気象・気候現象が多発・激甚化し、さらにそれらが人々の生命、身体、健康、財産への被害をもたらす可能性があることを認めました。 しかしながら、裁判所は、本件新設発電所によるCO2の排出は、地球温暖化に寄与し得るものであるということはでき、その意味で、地球温暖化、気候変動への寄与を通じて被害を原告らの生命、身体、健康にもたらす抽象的な危険を有する行為であるとはいい得るものの、本件新設発電所から排出されたCO2によって、原告らの生命、身体、健康に被害が生ずる「具体的危険」が生じているとまでは認めることはできないとして、原告らの人格権侵害を認めず、原告の差止め請求を認めませんでした。
(3)③地球温暖化による平穏生活権(安定気候享受権)侵害について
原告らは、石炭燃焼に由来する大量のCO2からの気候変動とそれがもたらす 原告らの生命・健康等への不可逆的な被害に晒される可能性がある中で、日常生活においてより安定した気候を享受し、不安や恐怖のない生活を送る権利として平穏生活権(安定気候享受権)を有し、本件新設発電所の稼働によってそれが侵害される旨主張しました。
これに対して、裁判所は、「地球温暖化による被害についての原告らの不安は、不確定な将来の危険に対する不安であるというべきであるから、現時点において、法的保護の対象となるべき深刻な不安とまではいえない。また、原告らの主張が、そのような場合であっても地球温暖化に対する恐怖や不安から生活の平穏を保護するための権利として安定気候享受権を認めるべきとするものであるならば、そこにいう安定気候享受権は、原告ら個々人の生活の平穏という利益を基礎とする形はとっているものの、実質的には、具体的危険が生ずる以前の段階で、安定した気候という環境の保全そのものを求める主張にほかならないというべきである。このような性質を有する原告らの主張する安定気候享受権は、原告らの個々人の人格権により保護されている法益と認めることはできない。」と述べて、原告らの主張する安定気候享受権の法益性を否定し、原告の差止め請求を認めませんでした。
2 所見
本件判決の特徴としては、上記(3)の地球温暖化による平穏生活権(安定気候享受権)について裁判所が判断したことにあります。
たしかに、本件新設発電所が極めて莫大な量のCO2を排出することは否定できないとしても、地球温暖化はあくまでも地球全体の問題です。本件新設発電所が排出するCO2は、地球全体のエネルギー起源CO2排出の数量からすれば極めてわずかなパーセントにすぎません。原告らの主張するような議論だと、CO2を排出するような物的設備全てについて、具体的な危険がないにもかかわらず、住民の単なる不安や恐怖によって、差止め請求が可能となってしまうというような乱暴な議論になりかねませんので、裁判所の判断は適切であったと思います。
今回は、あまり、実務には影響しない論点かもしれませんが、地球温暖化に絡む判決として紹介させていただきました。
(文責:大庭浩一郎)