2022年9月13日「ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議」において「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(以下「本ガイドライン」という)が策定・公表されました。
本ガイドラインは、経済産業省における検討を経て、日本政府のガイドラインとして決定されたものですが、上場企業等に限らず日本で事業活動を行う全ての企業が対象とされています。
1 上場企業における本ガイドラインの位置づけ
上記のとおり本ガイドラインは全ての企業を対象としていますが、特に上場企業の関係で言いますと、
✓ コーポレートガバナンス・コード(2021年6月改訂)において、重要なサステナビリティ課題の例の1つとして「人権の尊重」が挙げられている(補充原則2―3①)
✓ コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(2022年7月改訂)において、本ガイドラインの活用が推奨されている(2.2項の脚注)
ことから、コーポレートガバナンス・コード遵守との関係においても、本ガイドラインは無視できないものとなっています。
また、金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」の報告書(2022年6月13日)において、有価証券報告書に新たなサステナビリティ情報に関する独立した記載欄を設け、人的資本や多様性に関する内容を開示項目とする方針が示されているところ、同報告書では「人権の開示を進めることは重要との指摘があった」旨も紹介されており、人権に関する開示が今後求められていくことは確実と思われます。
2 本ガイドラインの概要
本ガイドラインの内容は多岐にわたっていますが、本ガイドラインは企業に対して、
① 人権方針の策定
② 人権デューディリジェンス(人権DD)の実施
③ 救済の実施
の取り組みを求めています。
このうち人権DDについては、企業活動が人権に及ぼす「負の影響」(下記3類型)を特定し、防止・軽減し、取組の実効性を評価し、どのように対処したかについて説明・情報開示をしていくために実施する一連の行為を指すとした上で、その具体的なプロセスについて述べています。
記
<企業活動が人権に及ぼす「負の影響」3類型>
① 企業がその活動を通じて負の影響を引き起こす(cause)場合
… 例えば、(i)自社工場の作業員を適切な安全装備なしで危険な労働環境において労働させる場合、(ii)自社工場からの化学物質の流出が地域の飲料水を汚染する場合
② 企業がその活動を通じて-直接に、又は外部機関(政府、企業その他)を通じて-負の影響を助長する(contribute)場合
… 例えば、(i)過去の取引実績から考えると実現不可能なリードタイム(発注から納品までに必要な時間)であることを知りながら、そのリードタイムを設定してサプライヤーに対して納品を依頼した結果、そのサプライヤーの従業員が極度の長時間労働を強いられる場合、(ii)企業が、投資先企業が保有する工場における廃水処理のための高額な設備の導入が地域の飲料水の汚染を防止するために必要であると認識しているにもかかわらず、その企業が導入案に反対することで、投資先企業の工場による排出水がその地域の飲料水を汚染する場合
③ 企業は、負の影響を引き起こさず、助長もしていないものの、取引関係によって事業・製品・サービスが人権への負の影響に直接関連する(directly linked)場合
… 例えば、(i)小売業者が衣料品の刺繍を委託したところ、受託者であるサプライヤーが、小売業者との契約上の義務に違反して、児童に刺繍を作成させている業者に再委託する場合、(ii)事業活動のためにある企業への貸付を行ったが、その企業が自社との合意に違反し、地域住民を強制的に立ち退かせる場合
3 企業における対応について
本ガイドラインの策定に併せて、「主に企業の実務担当者に対して、人権尊重の取組の内容をより具体的かつ実務的な形で示すための資料」が経産省より作成・公表される予定とされていますので、当該資料も参照の上、対応を検討頂くことが望まれます。
なお、本ガイドラインでは、全ての取組を直ちに行うことは困難であることを前提に、優先順位をつけて取り組むことを求めています。上記のとおり「負の影響」には自社の従業員の人権に対する影響も含まれており、本ガイドラインへの対応を過度に求めた結果、「自社の従業員が過酷な労働を強いられた」なんてことがあってはならないことは、言うまでもありません。