2023年8月31日付で、経済産業省は、「企業買収における行動指針」(以下「本指針」といいます。)を策定、公表しました。
同省は、M&Aに関する公正なルールを形成し望ましい買収を促進するという考え方から、これまでに多数の指針等を策定しており(例えば、2019年にはMBOなどの買収を対象とする「公正なM&Aの在り方に関する指針」)、本指針も、経済社会において共有されるべき当該ルールとして策定されましたので、ご紹介致します。
(コーポレート・ガバナンスなどに関する当局のガイドラインには若干胸焼けの感も否めませんが・・・)
本指針の策定経過としては、2022年11月に同省へおかれた「公正な買収の在り方に関する研究会」において、買収当事者等にとっての予見可能性の向上やベストプラクティスの提示に向け議論がなされていたところ、その取りまとめとして、上場会社の株式を取得することで経営支配権を取得する行為を主な対象とし、M&Aに関するルールとして共有されるべき原則論及びプラクティスの提示を目的として策定されました。
そして、本指針の構成としては、
1.上場会社の支配権を取得する買収一般において尊重されるべき3つの原則
2.買収提案を巡る取締役・取締役会の行動規範
3.買収に関する透明性の向上
4.買収への対応方針・対抗措置
についての考え方が整理されるものとなっています。
これらの具体的な考え方についてみますと、まず上記1.の3つの原則としては、
① 企業価値・株主共同の利益の原則
~望ましい買収かは、上記企業価値が向上するか、当該利益が確保されるかで判断されるべき
② 株主意思の原則
~経営支配権に関する事項は株主の合理的意思に依拠すべき
③ 透明性の原則
~株主の判断のために有益な情報が買収者・対象会社から提供されるべき
(そのために透明性を確保すべき)
といった若干理論的な原則が提示されており、①原則に関しては、買収の対象会社取締役会が買収に応じる方針を決定する場面においては、上記の企業価値(=キャッシュフローの割引現在価値の総和)の向上や、株主利益の確保(増加された企業価値の公正な分配)等を目指して合理的に努力すべきとし、それにあたって社外取締役の役割や特別委員会等を設ける手続が重要であるなどとします。
(このような公正性担保措置の重要性は以下の各場面でも言及されているところです。)
そして、(①原則の前提たる)②原則・③原則に関して、株主に十分な時間と情報が提供され、適切な判断(インフォームド・ジャッジメント)がなされることが期待されるとしています。そのうえで、②原則、③原則に関しては、下記2.以下でも具体的内容が述べられています。
次に、上記2.の買収提案を巡る取締役等の行動規範は、従来、かかる行動規範が明確にされてこなかったという指摘も踏まえて策定されています。まず、買収提案を受領した場合は、取締役会へ速やかに付議・報告し、取締役会において「真摯な提案」に対しては「真摯な検討」をすることが基本とされています。従前からよく議論になるような「真摯な提案」であるかどうかは、検討等を行う場面毎に、買収提案の「具体性」(対価や主要条件)、「目的の正当性」(支配権取得後の経営方針が示されないなど)、「実現可能性」(資金の裏付けがないなど)が合理的に疑われるかどうかなどにより判断することが述べられています。
そして、「真摯な提案」に対して、取締役会は「真摯な検討」を行い、買収者と現経営陣の企業価値向上策を、定量的な観点から十分に比較検討等することが望ましいとされています。
さらに、取締役会が買収に応じる場面では、上記の企業価値・株主共同の利益(上記1.の①原則参照)のため、買収対価(現金、株式)や価格、全部買収/部分買収などにつき、株主にできる限り有利な取引条件を目指して真摯に交渉すべきとされています。
上記3.の買収に関する透明性の向上としては、株主のインフォームド・ジャッジメントのため、買収者・対象会社の双方に、株主に対する情報の開示や検討時間の提供などを求めています。これは上記1.③原則を踏まえたものであり、(上記の情報や時間の点ほか、)株主の合理的な意思決定が阻害されない状況の確保のために望ましくないものとしての具体例(強圧的二段階買収等)なども挙げられています。なお、買収者による情報開示に関して、いわゆる「TOBの予告」(TOB開始公告に先立ちTOB実施の予告をするもので、市場や対象会社の地位を不安定にする側面もある)といった、近時の事例で問題になったような事項にも言及されています。
さらに、上記4.の買収への対応方針・対抗措置としては、(上記のとおり、買収の在るべき姿としては、買収者・対象会社から株主に対し必要な情報が提供され、株主が買収に応じるか判断をすることとされていますが、)株主に必要な時間や情報が提供されない場合や買収者に不当な目的がある場合などには、買収への対抗措置が適法と認められる場合もあるとして、その対応方針について言及しています。
(なお、上記「対応方針・対抗措置」とあるように、)本指針では、2005年の経済産業省・法務省による「買収防衛策に関する指針」と異なり、「買収防衛策」という表現は用いられておりません。そのほかにも上記「買収防衛策に関する指針」から必要な見直し等が行われています。
そして、買収への対応方針は、(近時の機関投資家の動向にもみられるように)平時の導入は実際には困難と整理する一方で、有事の局面での導入には、株主が判断しやすい面もあり対象会社として選択肢になりうる(そのうえで株主の合理的意思に依拠すべき)としています。
また、実際の対抗措置の発動については、やはり株主の合理的意思に依拠すべきとしており、裁判例から、株主総会における決議を経ることで当該発動の適法性が相対的に認められやすくなるものであると述べています。また、対抗措置自体も必要性と相当性があることをポイントとして挙げ、その必要性としては、株主が検討を行うための時間や情報を確保する必要があることなど、その相当性としては、買収者が買収を撤回し損害を回避する可能性があることなど、と整理しています。
このように、本指針は、買収に対する株主のインフォーム・ジャッジメントが行われることを趣旨として、各方策に関する考え方が整理されていますが、本指針の別紙においては、上記の買収への対応方針・対抗措置に関する各論的事項なども多数整理されています。有事の局面でのプラクティスとして参考になり得ると思われますが、当該別紙の中では、(本年6月の株主総会でも話題になりました)いわゆるマジョリティ・オブ・マイノリティ(MOM)決議に関する記載も含まれており、このような近時話題の事項に言及されている点も着目されうると思われます。